『ジャマイカの烈風』

リチャード・ヒューズ作(1929年)

初めて読む作家です。小松崎茂のイラストが入っていて、少年少女向けの冒険小説?と思いましたが、違いました。訳者の解説には、「「何もわかっちゃいない」ことをおとぎ話のような不思議な作品で描いてみせた」とありますが、まさにその通りで、一見おかしな冒険物語のようでも、えっ?と驚く怖い展開になります。あまり読んだことのないタイプの小説で意外によかったです。
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『黒い家』

貴志祐介作(1997年)。
怖かった…。ホラー小説といっても亡霊の類や超常現象は出てきません。生きている人間が一番怖い。作者は保険会社に勤めていた経験があるそうで、とても現実感があります。実際にこれほどの事件が重なるのは非現実的と思えますが、そう感じさせません。
京都が舞台なのも面白い。黒い家が嵐山の一角にあるという設定がそそられます。
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『地上より永遠に』

ジェームズ・ジョーンズ作。原作は1951年に出版されました。
映画が有名ですが、映画では、内容が多少改変され、また、軍隊の描写も一部省かれています。
ハワイ・オアフ島の陸軍スコーフィールド基地周辺を舞台とする将兵の物語。真珠湾攻撃までの10か月間を丹念に描いています。かなりのボリュームです(文庫本4冊)。冗長と思える部分も多々あって、読み進めるのに苦心します。同じ作者の長編でも『シン・レッド・ライン』のほうが読みやすい。

兵卒の目線で話が展開するという意味で、プルーが一応の主人公ですが、曹長ウォーデンも主人公といえます。この二人の対比がポイントです。プルーは、30年兵(という制度が当時あった模様。30年間軍隊に仕える)として志願した、いわばばりばりの兵隊で、ひととおりの軍務をしっかりこなせるのですが、自我を通して周囲と妥協せず、常に浮いたような存在。まるで軍隊に向かない意固地タイプで、読んでいていらいらするほど。一方、ウォーデンは、プルーと心情を交わすところはあっても、表向きは組織のなかで上手く切り抜けていく実務家タイプ。下士官らしく粗野であるが、頼りになる強力な存在です。映画のB・ランカスターのイメージそのもの。

小説の山場は、営倉での暴力と真珠湾攻撃のシーンでしょう。映画で営倉の拷問がカットされたのは、それがスコーフィールド基地のロケの条件だったからだそうです。兵隊が惨殺されるところは気分がわるくてよく読めないくらいでした。
零戦が飛来してから、何をしてよいのかわからない兵隊たちが、ウォードンの指揮のもと必死で応戦する場面は面白かった、というのはなんですが、実際に見た者ならではの迫力ある描写でした。速成の応召士官は全然役に立たず、普段はぼんやりともうろくしているような老兵が冷静沈着に活躍するのです。

作者ジョーンズの家は、大恐慌により破産し、ジョーンズは大学進学を断念して陸軍を志願しました。ヨーロッパは、戦争の危険性があるが、ハワイの駐屯軍ならその心配がないということで赴任。真珠湾攻撃の後、ハワイ師団は第25歩兵師団としてガタルカナル攻防戦に投入されました。そこでジョーンズは、自分が射殺した日本兵の死体から家族の写真を発見してショックを受け、戦闘を拒否し、軍曹から一兵卒に降格されたと解説にあります。

小説について、今風に言えば全く空気を読もうとしない、それでいて組織から離れられないプルーの悲劇は現代に通じるものがあります。開戦前のハワイの様子や登場する女性たちの描き方も一筋縄ではなく興味深いです。この小説で美しく描かれているものは浜の景観くらいです。
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『この世界の片隅に』

こうの史代作。2007~09年にかけて漫画アクションに掲載されました。
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来年、広島に行くので読んでみました。戦時下の呉の庶民生活を淡々と描く作品。『夕凪の街 桜の国』よりも笑いと救いがあってよいです。いや、全然救いようのない日常の連続なのですが、その表現のしかたに工夫があります。ここに描かれるように、一般の人々は、戦時体制にただひたすら巻き込まれ翻弄されるしかなかったのだろうなあと推測します。
映画も時間があれば観てみようと思います。
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『私の「貧乏物語」』

副題「これからの希望をみつけるために」(2016年)。

各界の著名人たちが語る自身の貧乏物語。なかなか良い企画の本です。
この本の中には、社会全体は今より貧しかったが、貧乏で不幸だとは感じなかったなどと語る方々が案外いる一方、今まさにこの現代に、地を這うような生活をしているのではないか?と思えるような方々もいます。貧乏或いは格差について考えさせられます。

「貧しさと言う観念は比較級のなかでしか実感されない」と書いている人がいましたが、必ずしもそうではないかもしれません。こんなに若いのに壮絶な生活を経てきている人がいる。もしかしたら、現代になるほど「生まれ」で先々が決まってしまうのではないか?

昭和ひとけた世代は「何もない時代のあっけらかんと明るい空気」、「貧しくとも冒険心に満ちていた世の中」、「周囲の人の思いやりで生かされてきた」等々記しているのが目につきます。一方で、現代に近くなるほどコメントに殺伐感が感じられます。あるジャーナリストは、「現代のこの国には自分を維持すること以外の希望がない。自分自身を奪われると救いのない貧しさを味わうことになる」と記していました。
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『ヴィクトリア』

クヌート・ハムスン作(1898年)。

最近、厚い本を借りてはすぐ投げ出す、ということを3回くらい繰り返しています。なかなか面白そうな本を探せません・・ 昔は途中で投げ出すことはなかったのですが、最近は根気がなくて。楽しい読書になりそうもない、と感じるとさっさと止めてしまいます。
でも本当は、一度手に取ったものはなるべく最後まで読みたい。ということで、薄い本を選んでみました。それが、この『ヴィクトリア』です。

この作家は知りませんでしたが、なんとノーベル賞を受賞した偉い方でした。なのですが!解説を見ると、この人はナチス第三帝国への連帯を表明したとあります。それであまり読まれないのでしょうか。

『ヴィクトリア』は、粉屋の息子とお城の令嬢の恋愛を描く古典的なお話です。俗な言い方をすればベタな展開で、純真ではない私には少々つらい。でも、まあたまにはこういう本もよいかな。
by itsumohappy  at 23:20 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『タイタス・アンドロニカス』

シェークスピア作。
1590年前後に書かれたとされる、最も初期の悲劇です。解説によると、「問答不用」「対話不全」の芝居とあります。

うわさには聞いていましたが、血みどろのお話です。舞台や映画は見る気になりません。この映像は気分がわるくなりそう><
展開はスピーディーなので、読みやすいです。登場人物があっけなく切ったりはったりされるので、空おそろしい。
シェークスピアはこの作品以降、残虐な芝居を書いていないそうです。
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『傀儡』

坂東真砂子作(2008年)。
傀儡は、くぐつという、旅芸人のようなものです。歌ったり踊ったり人形つかいをしたり。鎌倉時代が舞台です。旅芸人の一行のほか、武士や念仏僧、農民など庶民が登場します。様々なストーリーを交錯させながら進めるスタイル。うーん‥長くてもそれなりに読めますが、ちょっと冗長。全体としてはあまり面白くなかった。残念。
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『崩れゆく絆』

チヌア・アチェベ作(1958年)。
19世紀後半、ナイジェリア東部の架空の村が舞台です。イギリスによる植民地支配が始まる前後を描いています。イギリスは、1901~1920年の間、ナイジェリアへの軍事侵攻を続けました。
白人たちは、はじめは布教のために村へ来ますが、やがて「政府」を作って支配し、原住民の伝統的な暮らしや文化は脅かされていきます。

読みやすいけれども、アフリカの伝統的な生活文化に関心がない私には、やはりあまり面白くなかった。
話の展開もまあまあ予測がつきます。
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『少将滋幹の母』

谷崎潤一郎作。
1949年から翌年まで毎日新聞に連載されました。「今昔物語集」、「平中日記」、「宇治拾遺物語」など昔の物語を下敷きにしています。
はじめは、登場人物の平中や時平のエピソードを主体に平安貴族の暮らしぶりが描かれ、滋幹がきちんと登場するまで間があります。話の合間合間に谷崎氏の所感?のようなものが入ります。また、注釈がわりあい多く、それらを参照するうちに、頭の中で流れが乱れて、若干混乱をきたしました‥。注釈はあとで読むほうがいいかな。

物語の後半、国経、滋幹が嘆く場面あたりから、順調に進みました。最後が幻想的で、とても美しかったので、読んでよかったと思いました。
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『カルメン』『コロンバ』

プロスペル・メリメ作。カルメンは1845年、コロンバは1840年の作品です。
 
カルメンはオペラでよく見る機会があります(ってTVで、ですよ)が、原作を読んだのは初めて。オペラは1875年初演。原作と異なる部分があります。例えば、オペラに「片目のガルシア」が出てこないのは、観客であるブルジョワ階級に配慮したためだそうです。小説は、考古学者が語る悲劇譚という形をとっています。オペラがインパクトあるせいか、小説のほうはいまひとつ面白くないです。

一方、コロンバ。お菓子を思わせるかわいい名前です。メリメが、コルシカ旅行で見聞したことがらが反映されている小説です。コルシカの風俗が興味深い。大陸で文明化?されてしまった兄を叱咤する、やや凶暴なキャラクターのコロンバの活躍。こちらのほうが、楽しく読めます。
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『マイケル・K』 

J・M・クッツェー作(1983年)。
南アフリカの作家です。初めて読みました。ケープタウン、という地名で南アが舞台とわかりますが、それ以外の状況(時代背景など)は不明なまま読みました。戦争、囚人、外出禁止令という言葉の端々からどうやら内戦状態にあるというのはうかがえます。解説によると、1980年前後で、アパルトヘイトの体制下ではあるが、アフリカ民族会議 (ANC) による民族解放運動が起きていた時代、ということです。

人種を表現する記述は全く出てきませんが、当然マイケルは黒人、兵士や病院の医者たちは白人。戦時下にあってマイケルは、自由な暮らしを求めて放浪します。誰の奴隷にも従者にもならず、押し付けられた食事ではなく、自分の食べたいものだけを食べる、という単純な希望をかなえるのがどれだけ困難なことか。ただ「耕す者」でありたいだけなのですが、移動もままならない。野菜の種を大事に持ち歩くシーンが痛ましいです。

描写が淡々としています。自由を求めての闘争ではなく、一見、逃走のスタイルであることで却って鋭い体制批判となっている小説です。



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『山怪』

田中康弘著(2015年)。著者は、マタギの狩猟を長年取材している写真家です。

狐火・神隠し・得体のしれないもの・山中に突然現れる未知の空間等々、山の周辺に住む人々が見聞きした出来事を、著者が取材して集めたものです。著者自身は怖がりではあるが、あまり恐怖体験はない模様。私もそうなんですが、怖くて騒いでいるわりには、実際に心霊現象を経験したことはありません。

不可思議なものを見たり、どうしても山から出られなくなったりしてもそれは狐や狸に騙されたのではなく、単なる疲労による幻覚が原因であるとか、狐火はプラズマ現象であるとか、全ての「怪奇現象」は科学的に説明できると主張する学者もいるようです。けれども、どうしても説明がつかないことが世の中にたまにあってもいいなぁと思います。怖い思いをするのは嫌ですが‥。
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『私の名は赤』

オルハン・パムク作(1998年)。2012年に出た新訳を読みました。

これはなかなか大変な本です。構成も凝っており、じっくり読ませるものです。
秘密裏に細密画を制作するよう皇帝からの命を受けた絵師たちが登場します。お話は、絵師の一人が惨殺されるところから始まり、犯人探しが中心軸となっています。
時代設定は、オスマン帝国の黄金期が過ぎた16世紀後半。社会不安が増してきたイスタンブルの様子が活写されています。

「偶像崇拝が禁じられているため、絵画や塑像は奨励されない」という制約がまず理解しにくいですが、それがイスラムの文化です。目に映るそのままを描く西欧人のやり方は大罪です。イスラムの細密画は、「史書や物語を彩る装飾の一部」であり、一枚の絵として鑑賞されるものではありません。

細密画の発祥地ティムール朝の名人たちは、個性を見せまいとして細密画に署名をしなかったとあります。しかし、優れた技量を持つ絵師ほど、様式美を極めるだけでは芸術家として満足できないのではないか?傑作を生むためには、正道から外れた異端を無視できないのではないか? という「東洋と西洋の文化的相克」がこの本のテーマです。

しかし、肖像画も異端、遠近法も異端(――; イスラムの教えは、窮屈だなー。東洋ではあるけれども、古来あらゆるものを受容してきた日本とはだいぶスタイルが違います。
社会の退廃、といってもこの本に出てくるのは、絵画の飾られた珈琲店で噺家さんの小話を楽しむ、といった程度なのですが、そういう「不品行」を糺そうとする過激派が登場します。解説によると、聖典にのっとった原理主義的な政治体制への回帰を求める運動は、イスラム文化圏では昔から広く見られる現象なのだそうです。

オスマン帝国が舞台の本は初めてです。一読しただけではなかなか理解しきれないけれども、久々に本格的な小説を読んだ気がしました。
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『道をひらく』

松下幸之助の随筆集です。自身の経営理念や人生指南が語られています。

先日、回覧されてきた『東洋経済』に松下幸之助の記事がありました。ふと、十数年前に、門真など松下の工場を見学したことを思い出しました。工場もいくつか見たのでどこだか忘れてしまいましたが、蛍光灯を作っているところがあって、数十メートル?の長い長い管を蛍光灯の長さにすぱんすぱん切っている光景が壮観でした。砂からガラスを作っていて、そういう電機メーカーはないがここは創業の地だから残しているなどと説明されました。

工場とともに社員の方が案内してくれたのが小さな資料館で、二股ソケットを作った土間を再現した展示なども見学しました。生活が苦しく、小学校も卒業できなかった松下氏の立身出世の道のりが、生み出した様々な商品とともに説明されていました。

商品ではありませんが、そこで印象的だったのが「巻物」です。松下氏のスピリットが数か条にわたって巻物の形で縦書きに書いてある。一、産業報国… しか覚えていませんが、これを日々の朝礼で、壇上の人がくるくるっと巻物を解いてみんなで唱和する、と聞いて、ちょっとのけぞりました(今でもやっているんですかね?)。産業報国って言葉自体、平成時代には違和感あったし。社員の方は、「うちは、泥くさくて‥。松下教みたいでしょ。ソニー(に入るようなタイプ)の人なら1日で辞めちゃいますよ。」って。敷地の壁にも巻物の文句が掲げられ、社歌なのか歌は流れてくるし、ここは何だかすごいところだと感じた記憶があります。

ただ、当時の家電を見ているうちに、この不世出の企業人のありようにやはり感動したのか、大阪からの帰り道に『道をひらく』を買ったのです。たまにぱらぱらと見ていたけれども最近はすっかり存在を忘れていました。この度の雑誌の記事を見て、探し出しました。寝る前に適当なページを開いて神様の言葉を読むのもいいかなー。
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『白い城』

オルハン・パムク作(1985年)。パムク作品は今回が初めてです。
17世紀後半のオスマン帝国で、奴隷となったイタリア人主人公が、自身にうりふたつの「師」と出会い、物語の創作や哲学談義をしたり、時には皇帝のためにともに兵器などを作ったり、というお話。面白くなりそうで実は面白くならない展開です。テーマがよくつかめないうちに終わってしまいました。困った。他にもいくつか翻訳されているので、別な小説もそのうち読んでみようと思います。
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『緑衣の女』

アーナルデュル・インドリダソン作(2001年)。
アイスランドの作家です。13年、日本上陸第2作としてスウェーデン語から翻訳されました。

アイスランドの小説は初めて。登場人物の名前も聞きなれない言葉です。
けっこうな大作ですが、よくできた推理小説で一気に読めます。推理小説だから殺しが出てくるのは仕方ないですが、おぞましくて気分よく読めるものではありません‥。うーん変な夢を見てしまいそうだ><
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『アガメムノーン』

アイスキュロス作。
紀元前458年、アテーナイの春の演劇祭で上演され、一等賞をとったという作品です。紀元前5世紀、日本では古墳時代です‥。

『アガメムノーン』は、殺人と仇討の悲劇で、この作品でも、驕れる者は神々の怒りをかって滅びます。お話のモチーフとなっているトロイヤ戦争に登場する英雄たちのエピソードは、前7世紀の詩人ホメーロスの作品以来、市民に親しまれていたそうです。

解説によると、演劇としてはミュージカルに近いらしい。12名の集団からなる合唱隊(コロス)のメンバーは同時に役者でもあります。本場のギリシャ演劇の形で見てみたいです。
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『邪宗門』

高橋和巳作。
1965年から1年余りにわたり『朝日ジャーナル』に連載されました。
邪宗と目された宗教団体の悲劇で、「世直しの思想を極限化するとどうなるかの思考実験」として書かれたとあります。それにしても長い…。「土着的な革命思想」が権力に挑んで滅ぶというテーマは、ある世代には非常にぐっとくるものがあるのかもしれませんが、私は今一つ気持ちが乗れず…>< 純粋で、生真面目な展開だけに、読んでいて、うう、何かスミマセン‥みたいな、居心地のわるさを感じていました。
高橋和巳は長生きしたらどんな小説を書き続けたでしょう。
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『シン・レッド・ライン』 

ジェイムズ・ジョーンズ作(1962年)。

冒頭、
「人間の営為のなかで最も偉大であり、かつ英雄的なものである戦争に、本書を捧げる。戦争がわれわれに必要な喜びと興奮と刺激をいつまでも与えてくれ、英雄や大統領や指導者をもたらし、記念碑や記念館など、われわれが平和の名において彼らのために建てるものを提供しつづけてくれることを切に願って。」
という献辞があります。原題“The Thin Red Line”。アメリカ中西部の古いことわざで、正気と狂気のあいだには、一本の細く赤い線があるだけという意味です。

ジョーンズの作品は、映画化された『地上より永遠に』(1952年)が有名です。最近では見かけない本で、私は読んだことありません。高校卒業後、志願したジョーンズは、ハワイ師団の一兵士として真珠湾攻撃に遭遇。その後、ガタルカナル攻防戦で、日本軍との死闘を経験しました。

経歴も性格もまちまちな「20歳前後の坊や」から成る歩兵連隊C中隊員を主体に話が展開します。
ガタルカナルへの命がけの上陸から島の攻略まで、まさに肉弾戦に次ぐ肉弾戦です。米軍は兵器・物資ともに圧倒的な量を背景に、余裕で勝ったように思っていましたが、そんな感じはしません。水が前方に届かず、枯渇して苦しむ場面があります。

激しい戦闘と過酷な熱帯の様相とともに、人物の描写がリアルです。
見当違いの稚拙な作戦で空しく死ぬ将兵、上官の無能さを見抜きながら解任される優秀な将校、恐怖にかられ、お母さん!と叫びながら半狂乱で突撃する兵士。
目の前の人間を殺せる自信がなかった兵士は、次第に血を求める狂気にとりつかれて、無抵抗の日本兵を射殺し、持ち物を略奪して楽しむ。一方、平時であれば知ることもない、むき出しにされていく心のありように、いつまで「人間」でいることができるか悩む兵士は、「戦争はもうたくさんだ」と叫ぶ。
体験者が語る生き地獄の本です。

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『私の消滅』『浮遊霊ブラジル』『コンビニ人間』

順に、中村文則、津村記久子、村田沙耶香作。

いずれも『文學界』6月号掲載作です。『私の消滅』が面白そうだったので買ったのですが、これは期待に反して気分のよい小説ではなかった>< 考えすぎ?作りすぎ?と作為が出ている気がして。題材もよくない。がっかり。

『浮遊霊ブラジル』は、文字通り浮遊霊が主人公。のんびり楽しめていいです。浮遊霊なら奇想天外にワープしてもまあしょうがないかと思うし。読んで何か考えさせる話ではありませんが、こういうとぼけた感覚は好きです。

『コンビニ人間』はタイトルが今ひとつぱっとしませんが、読んでみるとなるほどと思います。ある種の生きづらさを抱えている人々、それは生来の怠惰な性格とか、発達障害のような病気とか背景はいろいろあるかもしれませんが、そういう世間一般が考える「普通」のありようからずれてしまっている人々が登場します。今や社会に溶け込んでいるコンビニの描写が絶妙で、これは中で働いた経験がないと書けないでしょう。
今般の芥川賞を受賞しました。たいていの受賞作は妙に小難しかったりして面白くありませんが、これは奇をてらわず、読みやすい中にも「世間の普通の感覚」に対する鋭い観察と批判があって一気に読ませます。

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『穂高に死す』

安川茂雄著(1969年)。
昭和初期から30年代に、穂高連峰で起きた遭難を記録する本です。加藤文太郎、松濤明など有名な人々がいます。ずっと遭難話なので、読んでいてどんどん気落ちします(--; 

大島亮吉は、前穂北尾根で転落しました。何でもない箇所で滑ったようです。緊張する部分では事故は起きない。少しだけほっとすると危ないのでしょうか。

今夏もすでに穂高で死亡事故がありました。そのうち、重太郎新道での事故は、岳沢小屋まであと少し、という時だったそうです。
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『わが名はアラム』

ウィリアム・サロイヤン作(1941年)。

カリフォルニア州フレズノが舞台です。アルメニア移民の家庭に生まれた少年アラムのお話。成長してニューヨークへ出るまでの間の様々な出来事を描くものです。親戚のことや学校生活などどうということのないエピソードなのですが、とぼけた味わいというかユーモアがあってのんきに読めます。ささっと読んで終わりになってしまい、読書を味わった感じにはあまりなりませんでした。
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『山荘綺談』

シャーリイ・ジャクスン作。原題“The Haunting of Hill House”(1959年)

丘の上の幽霊屋敷に、調査目的で男女数人が滞在します。展開が悠長で、半分くらい読んでも何も起きない。うーむ。この怪奇現象が実際あったら相当怖いと思うけれども、どきどき感がなくてちょっと残念。幽霊屋敷話では『ねじの回転』のほうが気味悪かったなあ。屋敷のいわれとか舞台設定は面白いと思うので、S・キングならもっと盛り上げてくれそう。

ぞくぞく怖いよ~~><って本、なかなかないなあ。
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『クレーヴの奥方』

ラファイエット夫人作(1678年)。原題“La Princesse de Clèves”。夫人は、ルイ13世、14世の時代の人ですが、小説はアンリ2世の時代(1519-1559年)設定になっています。

解説によると、当時の文学とは詩や韻文です。小説の地位は低かったため、匿名やイニシャルで発表されることが多かったそうです。『クレーヴの奥方』も無署名で刊行され、著者名が明記されたのは夫人没後80年以上経ってからです。

カトリーヌ・ド・メディシスやらメアリ・スチュワートやら世界史の授業を思い出すような、有名な王侯貴族たちがたくさん登場します。人物相関図を見ながら読みました。「将来起きるかもしれない不幸に向かって踏み出す勇気は持てそうにもない」と自分の意志を貫く道を選んだ女性のお話です。「奥方」といっても主人公は16-17歳。「シャルトル嬢」、「クレーブ夫人」と姓で表記され、なぜか名前が出てきません。
当時の宮廷生活の様相が興味深い。華やかでも窮屈そうです。新訳で読みやすかったです。

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『イギリス人の患者』

マイケル・オンダーチェ作(1996年)。
第2次大戦末期、フィレンツェの北、トスカーナの山腹に立つお屋敷が舞台です。ドイツ軍撤退後、一時病院として使われていましたが、ドイツ軍が屋敷周辺に爆弾を残していったため閉鎖されました。その危ない場所に残ることを選んだ看護婦と寝たきりの重傷患者、そして、あとからやってきた2人の男性が登場人物です。

現在と過去が交錯していてちょっと読みにくいです。たぶん、よい小説なのだと思いますが、構成や表現に気取りが感じられて、好きになれなかった。うーんあまりこれといった感想がないなぁ(--;

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『ヒロシマ』

ジョン・ハーシー著。増補版です。
ハーシーは、太平洋・欧州戦線の取材経験がある雑誌記者です。1946年4月、ライフ誌及びニューヨーカー誌の記者として広島を訪れ、3週間にわたり取材しました。
医者、牧師、事務員、ドイツ人神父ら6名の生存者の被爆体験が記されています。

当初版は、1946年8月31日発行のニューヨーカー誌に掲載され、発行された30万部は一日で完売しました。各地の新聞にも連載され、非常な反響を呼んだそうです。邦訳は1949年に出版されました。
1985年4月、ハーシーは、広島を再訪し、6人のその後を取材しました。この増補版には、その内容も載っています。

原爆投下直後、ある生存者は、「これはみな、人間なんだぞ」と自分に言い聞かせながら懸命に救護活動をします。負傷者の手を引いたら火傷のため、手が手袋みたいにそのままの形で抜けてしまいました。
…このような感じで、淡々と広島の惨状と放射能の恐怖を伝えています。
増補部分では、政治的ないざこざに振り回されて平和運動が分裂したことにも触れられています。

今日読んでも衝撃的な内容ですから、情報もさしてない当時、多くの良心的なアメリカ人に与えた影響はいかばかりかと想像します。
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『ムシェ 小さな英雄の物語』

キルメン・ウリベ作。
ウリベ氏はバスク語作家です。2012年に出版されたこの本は2作目だそうです。
スペイン内戦で生じた2万人のバスクの疎開児童のお話からスタートするので、その流れで進むのかと思ったら少々違っていました。主人公は、ベルギーの自由主義者ムシェです。「小さな英雄」とは、ムシェのような、他人のために身を捧げる市井のごくありふれた人です。
ムシェは、バスクから避難して来た少女を家に受け入れます。やがて対独レジスタンスに参加し、逮捕されて絶滅収容所へ送られます。

この本は、フィクションとノンフィクションを行き来する、あまり見ない構成になっています。何でも「オートフィクション」と言うようです。ムシェの娘にインタビューする著者の姿が挿入されています。
読んでいて流れがつかみにくい感じがあるので、構成としてはどうなのかと思いますが、日本人にはあまり知られていないであろう史実が多々記されていて、その悲惨さに胸がつまります。

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『グアンタナモ収容所 地獄からの手記』

モハメドゥ・ウルド・スラヒ著、ラリー・シームズ 編(2015年発行)。

著者は、1970年生まれのモーリタニア人で、奨学金でドイツへ留学し、ドイツやカナダでエンジニアとして働いていました。帰国翌年の2001年、米国の要請で身柄を拘束され、ミレニアム・テロ計画(ロサンゼルス空港テロ未遂事件)に関与した疑いでFBI捜査官から尋問を受けました。いったん釈放されましたが、再度の事情聴取の求めに応じ出頭したところ、CIAの輸送機でヨルダンに運ばれ留置され、その後、アフガニスタン米軍基地を経て2002年、キューバのグアンタナモ収容所に収容されました。
2010年、米連邦地方裁判所が著者の釈放を命じたのにもかかわらず、拘禁され続け、今年で15年になります。

この手記は、著者が2005年の夏から秋、拘禁中に習い覚えた英語(著者にとっては第4言語)による466ページの手書き原稿を、米政府による検閲の後、編集者が編集したものです。著者の代理人を務める弁護団が6年以上かけて、手記公開の許可を得ました。持ち歩くのも大変なボリュームですが、黒塗り部分が多いので、読むのにそれほど時間はかかりません。

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著者が拘束された主な理由は、1991年~92まで共産政権との戦いのため、アフガニスタンで、米国に援助されていたアルカイダの施設で軍事訓練を受けたこととみられます。「アフガン、ボスニア、チェチェン訪問者は生涯監視され拘禁されうる」とあります。「独立国であるはずのモーリタニアが身柄を外国人に引き渡した」という事実も信じがたい。世界には、米国の思うままにされ放題という国々も多いのです。

6年間で100人以上に尋問され(「有史以来、6年以上来る日も来る日も尋問が続いた例など、他にあるのだろうか?」)、罪状もわからず裁判にもかけられない。偽りの自白を強要され「自白」してもさらに攻め立てられるという「キャッチ22的」状況です。いっそ「自分が何かに関与していればよかった」と述べています。

2001年9月、米国は、テロに関わった国・組織・個人への武力行使を決定し、テロ容疑者の拉致・拘禁・拷問・殺害を目的とする法的根拠のない秘密作戦を始めました。そうして、連邦法、国際条約の効力の及ばないグアンタナモに集められた「極悪人」は、非戦闘員ばかりで、多年の拘禁で精神的に病んでいる若者も多いそうです。

著者は、ハンガーストライキを繰り返す一方、米国人を理解しようと聖書を頼んで入れてもらったり、理解ある看守と歴史、文化、宗教について語らうなどしています。
一方、自分のために100万ドルを超える税金が費やされており、グアンタナモの真実を米国民に伝えたいと訴えています。
 
オバマ大統領は、2017年1月までの就任期間中に、グアンタナモ基地の閉鎖を目指すそうですが、実現するでしょうか。このような本を読むと、米国という大国の怖ろしさ、現実のすさまじさにひたすら打ちのめされるばかりです。

by itsumohappy  at 23:35 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『オンディーヌ』

イポリット・ジャン・ジロドゥ作(1939年)。
戯曲で、水の精と人間の物語です。ジロドゥは、俳優兼演出家のルイ・ジュヴェのために多くの戯曲を書きました。

劇中劇のスタイルなど凝ったところもあります。「愛した自然を裏切り、踏みにじってしまう人間」がテーマのようです。もっとロマンティックな悲劇かと想像していたのですが、訳文のせいか水の精が少しはすっぱな感じで、いまひとつでした。
by itsumohappy  at 13:48 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑
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