『緑衣の女』

アーナルデュル・インドリダソン作(2001年)。
アイスランドの作家です。13年、日本上陸第2作としてスウェーデン語から翻訳されました。

アイスランドの小説は初めて。登場人物の名前も聞きなれない言葉です。
けっこうな大作ですが、よくできた推理小説で一気に読めます。推理小説だから殺しが出てくるのは仕方ないですが、おぞましくて気分よく読めるものではありません‥。うーん変な夢を見てしまいそうだ><
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『アガメムノーン』

アイスキュロス作。
紀元前458年、アテーナイの春の演劇祭で上演され、一等賞をとったという作品です。紀元前5世紀、日本では古墳時代です‥。

『アガメムノーン』は、殺人と仇討の悲劇で、この作品でも、驕れる者は神々の怒りをかって滅びます。お話のモチーフとなっているトロイヤ戦争に登場する英雄たちのエピソードは、前7世紀の詩人ホメーロスの作品以来、市民に親しまれていたそうです。

解説によると、演劇としてはミュージカルに近いらしい。12名の集団からなる合唱隊(コロス)のメンバーは同時に役者でもあります。本場のギリシャ演劇の形で見てみたいです。
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『邪宗門』

高橋和巳作。
1965年から1年余りにわたり『朝日ジャーナル』に連載されました。
邪宗と目された宗教団体の悲劇で、「世直しの思想を極限化するとどうなるかの思考実験」として書かれたとあります。それにしても長い…。「土着的な革命思想」が権力に挑んで滅ぶというテーマは、ある世代には非常にぐっとくるものがあるのかもしれませんが、私は今一つ気持ちが乗れず…>< 純粋で、生真面目な展開だけに、読んでいて、うう、何かスミマセン‥みたいな、居心地のわるさを感じていました。
高橋和巳は長生きしたらどんな小説を書き続けたでしょう。
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『シン・レッド・ライン』 

ジェイムズ・ジョーンズ作(1962年)。

冒頭、
「人間の営為のなかで最も偉大であり、かつ英雄的なものである戦争に、本書を捧げる。戦争がわれわれに必要な喜びと興奮と刺激をいつまでも与えてくれ、英雄や大統領や指導者をもたらし、記念碑や記念館など、われわれが平和の名において彼らのために建てるものを提供しつづけてくれることを切に願って。」
という献辞があります。原題“The Thin Red Line”。アメリカ中西部の古いことわざで、正気と狂気のあいだには、一本の細く赤い線があるだけという意味です。

ジョーンズの作品は、映画化された『地上より永遠に』(1952年)が有名です。最近では見かけない本で、私は読んだことありません。高校卒業後、志願したジョーンズは、ハワイ師団の一兵士として真珠湾攻撃に遭遇。その後、ガタルカナル攻防戦で、日本軍との死闘を経験しました。

経歴も性格もまちまちな「20歳前後の坊や」から成る歩兵連隊C中隊員を主体に話が展開します。
ガタルカナルへの命がけの上陸から島の攻略まで、まさに肉弾戦に次ぐ肉弾戦です。米軍は兵器・物資ともに圧倒的な量を背景に、余裕で勝ったように思っていましたが、そんな感じはしません。水が前方に届かず、枯渇して苦しむ場面があります。

激しい戦闘と過酷な熱帯の様相とともに、人物の描写がリアルです。
見当違いの稚拙な作戦で空しく死ぬ将兵、上官の無能さを見抜きながら解任される優秀な将校、恐怖にかられ、お母さん!と叫びながら半狂乱で突撃する兵士。
目の前の人間を殺せる自信がなかった兵士は、次第に血を求める狂気にとりつかれて、無抵抗の日本兵を射殺し、持ち物を略奪して楽しむ。一方、平時であれば知ることもない、むき出しにされていく心のありように、いつまで「人間」でいることができるか悩む兵士は、「戦争はもうたくさんだ」と叫ぶ。
体験者が語る生き地獄の本です。

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『私の消滅』『浮遊霊ブラジル』『コンビニ人間』

順に、中村文則、津村記久子、村田沙耶香作。

いずれも『文學界』6月号掲載作です。『私の消滅』が面白そうだったので買ったのですが、これは期待に反して気分のよい小説ではなかった>< 考えすぎ?作りすぎ?と作為が出ている気がして。題材もよくない。がっかり。

『浮遊霊ブラジル』は、文字通り浮遊霊が主人公。のんびり楽しめていいです。浮遊霊なら奇想天外にワープしてもまあしょうがないかと思うし。読んで何か考えさせる話ではありませんが、こういうとぼけた感覚は好きです。

『コンビニ人間』はタイトルが今ひとつぱっとしませんが、読んでみるとなるほどと思います。ある種の生きづらさを抱えている人々、それは生来の怠惰な性格とか、発達障害のような病気とか背景はいろいろあるかもしれませんが、そういう世間一般が考える「普通」のありようからずれてしまっている人々が登場します。今や社会に溶け込んでいるコンビニの描写が絶妙で、これは中で働いた経験がないと書けないでしょう。
今般の芥川賞を受賞しました。たいていの受賞作は妙に小難しかったりして面白くありませんが、これは奇をてらわず、読みやすい中にも「世間の普通の感覚」に対する鋭い観察と批判があって一気に読ませます。

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『穂高に死す』

安川茂雄著(1969年)。
昭和初期から30年代に、穂高連峰で起きた遭難を記録する本です。加藤文太郎、松濤明など有名な人々がいます。ずっと遭難話なので、読んでいてどんどん気落ちします(--; 

大島亮吉は、前穂北尾根で転落しました。何でもない箇所で滑ったようです。緊張する部分では事故は起きない。少しだけほっとすると危ないのでしょうか。

今夏もすでに穂高で死亡事故がありました。そのうち、重太郎新道での事故は、岳沢小屋まであと少し、という時だったそうです。
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『わが名はアラム』

ウィリアム・サロイヤン作(1941年)。

カリフォルニア州フレズノが舞台です。アルメニア移民の家庭に生まれた少年アラムのお話。成長してニューヨークへ出るまでの間の様々な出来事を描くものです。親戚のことや学校生活などどうということのないエピソードなのですが、とぼけた味わいというかユーモアがあってのんきに読めます。ささっと読んで終わりになってしまい、読書を味わった感じにはあまりなりませんでした。
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『山荘綺談』

シャーリイ・ジャクスン作。原題“The Haunting of Hill House”(1959年)

丘の上の幽霊屋敷に、調査目的で男女数人が滞在します。展開が悠長で、半分くらい読んでも何も起きない。うーむ。この怪奇現象が実際あったら相当怖いと思うけれども、どきどき感がなくてちょっと残念。幽霊屋敷話では『ねじの回転』のほうが気味悪かったなあ。屋敷のいわれとか舞台設定は面白いと思うので、S・キングならもっと盛り上げてくれそう。

ぞくぞく怖いよ~~><って本、なかなかないなあ。
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『クレーヴの奥方』

ラファイエット夫人作(1678年)。原題“La Princesse de Clèves”。夫人は、ルイ13世、14世の時代の人ですが、小説はアンリ2世の時代(1519-1559年)設定になっています。

解説によると、当時の文学とは詩や韻文です。小説の地位は低かったため、匿名やイニシャルで発表されることが多かったそうです。『クレーヴの奥方』も無署名で刊行され、著者名が明記されたのは夫人没後80年以上経ってからです。

カトリーヌ・ド・メディシスやらメアリ・スチュワートやら世界史の授業を思い出すような、有名な王侯貴族たちがたくさん登場します。人物相関図を見ながら読みました。「将来起きるかもしれない不幸に向かって踏み出す勇気は持てそうにもない」と自分の意志を貫く道を選んだ女性のお話です。「奥方」といっても主人公は16-17歳。「シャルトル嬢」、「クレーブ夫人」と姓で表記され、なぜか名前が出てきません。
当時の宮廷生活の様相が興味深い。華やかでも窮屈そうです。新訳で読みやすかったです。

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『イギリス人の患者』

マイケル・オンダーチェ作(1996年)。
第2次大戦末期、フィレンツェの北、トスカーナの山腹に立つお屋敷が舞台です。ドイツ軍撤退後、一時病院として使われていましたが、ドイツ軍が屋敷周辺に爆弾を残していったため閉鎖されました。その危ない場所に残ることを選んだ看護婦と寝たきりの重傷患者、そして、あとからやってきた2人の男性が登場人物です。

現在と過去が交錯していてちょっと読みにくいです。たぶん、よい小説なのだと思いますが、構成や表現に気取りが感じられて、好きになれなかった。うーんあまりこれといった感想がないなぁ(--;

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『ヒロシマ』

ジョン・ハーシー著。増補版です。
ハーシーは、太平洋・欧州戦線の取材経験がある雑誌記者です。1946年4月、ライフ誌及びニューヨーカー誌の記者として広島を訪れ、3週間にわたり取材しました。
医者、牧師、事務員、ドイツ人神父ら6名の生存者の被爆体験が記されています。

当初版は、1946年8月31日発行のニューヨーカー誌に掲載され、発行された30万部は一日で完売しました。各地の新聞にも連載され、非常な反響を呼んだそうです。邦訳は1949年に出版されました。
1985年4月、ハーシーは、広島を再訪し、6人のその後を取材しました。この増補版には、その内容も載っています。

原爆投下直後、ある生存者は、「これはみな、人間なんだぞ」と自分に言い聞かせながら懸命に救護活動をします。負傷者の手を引いたら火傷のため、手が手袋みたいにそのままの形で抜けてしまいました。
…このような感じで、淡々と広島の惨状と放射能の恐怖を伝えています。
増補部分では、政治的ないざこざに振り回されて平和運動が分裂したことにも触れられています。

今日読んでも衝撃的な内容ですから、情報もさしてない当時、多くの良心的なアメリカ人に与えた影響はいかばかりかと想像します。
by itsumohappy  at 23:12 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『ムシェ 小さな英雄の物語』

キルメン・ウリベ作。
ウリベ氏はバスク語作家です。2012年に出版されたこの本は2作目だそうです。
スペイン内戦で生じた2万人のバスクの疎開児童のお話からスタートするので、その流れで進むのかと思ったら少々違っていました。主人公は、ベルギーの自由主義者ムシェです。「小さな英雄」とは、ムシェのような、他人のために身を捧げる市井のごくありふれた人です。
ムシェは、バスクから避難して来た少女を家に受け入れます。やがて対独レジスタンスに参加し、逮捕されて絶滅収容所へ送られます。

この本は、フィクションとノンフィクションを行き来する、あまり見ない構成になっています。何でも「オートフィクション」と言うようです。ムシェの娘にインタビューする著者の姿が挿入されています。
読んでいて流れがつかみにくい感じがあるので、構成としてはどうなのかと思いますが、日本人にはあまり知られていないであろう史実が多々記されていて、その悲惨さに胸がつまります。

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『グアンタナモ収容所 地獄からの手記』

モハメドゥ・ウルド・スラヒ著、ラリー・シームズ 編(2015年発行)。

著者は、1970年生まれのモーリタニア人で、奨学金でドイツへ留学し、ドイツやカナダでエンジニアとして働いていました。帰国翌年の2001年、米国の要請で身柄を拘束され、ミレニアム・テロ計画(ロサンゼルス空港テロ未遂事件)に関与した疑いでFBI捜査官から尋問を受けました。いったん釈放されましたが、再度の事情聴取の求めに応じ出頭したところ、CIAの輸送機でヨルダンに運ばれ留置され、その後、アフガニスタン米軍基地を経て2002年、キューバのグアンタナモ収容所に収容されました。
2010年、米連邦地方裁判所が著者の釈放を命じたのにもかかわらず、拘禁され続け、今年で15年になります。

この手記は、著者が2005年の夏から秋、拘禁中に習い覚えた英語(著者にとっては第4言語)による466ページの手書き原稿を、米政府による検閲の後、編集者が編集したものです。著者の代理人を務める弁護団が6年以上かけて、手記公開の許可を得ました。持ち歩くのも大変なボリュームですが、黒塗り部分が多いので、読むのにそれほど時間はかかりません。

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著者が拘束された主な理由は、1991年~92まで共産政権との戦いのため、アフガニスタンで、米国に援助されていたアルカイダの施設で軍事訓練を受けたこととみられます。「アフガン、ボスニア、チェチェン訪問者は生涯監視され拘禁されうる」とあります。「独立国であるはずのモーリタニアが身柄を外国人に引き渡した」という事実も信じがたい。世界には、米国の思うままにされ放題という国々も多いのです。

6年間で100人以上に尋問され(「有史以来、6年以上来る日も来る日も尋問が続いた例など、他にあるのだろうか?」)、罪状もわからず裁判にもかけられない。偽りの自白を強要され「自白」してもさらに攻め立てられるという「キャッチ22的」状況です。いっそ「自分が何かに関与していればよかった」と述べています。

2001年9月、米国は、テロに関わった国・組織・個人への武力行使を決定し、テロ容疑者の拉致・拘禁・拷問・殺害を目的とする法的根拠のない秘密作戦を始めました。そうして、連邦法、国際条約の効力の及ばないグアンタナモに集められた「極悪人」は、非戦闘員ばかりで、多年の拘禁で精神的に病んでいる若者も多いそうです。

著者は、ハンガーストライキを繰り返す一方、米国人を理解しようと聖書を頼んで入れてもらったり、理解ある看守と歴史、文化、宗教について語らうなどしています。
一方、自分のために100万ドルを超える税金が費やされており、グアンタナモの真実を米国民に伝えたいと訴えています。
 
オバマ大統領は、2017年1月までの就任期間中に、グアンタナモ基地の閉鎖を目指すそうですが、実現するでしょうか。このような本を読むと、米国という大国の怖ろしさ、現実のすさまじさにひたすら打ちのめされるばかりです。

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『オンディーヌ』

イポリット・ジャン・ジロドゥ作(1939年)。
戯曲で、水の精と人間の物語です。ジロドゥは、俳優兼演出家のルイ・ジュヴェのために多くの戯曲を書きました。

劇中劇のスタイルなど凝ったところもあります。「愛した自然を裏切り、踏みにじってしまう人間」がテーマのようです。もっとロマンティックな悲劇かと想像していたのですが、訳文のせいか水の精が少しはすっぱな感じで、いまひとつでした。
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『流』

東山彰良作(2015年)。
昨年の直木賞受賞作です。直木賞らしく、楽しく読めます。
「青春小説」などと紹介されていますが、それだけではなく、中台の歴史・文化・国民性なども描かれていて総体的に密度の濃い小説だと思います。純日本産の作家には書けない世界です。
あっというまに読んでしまいました。
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『白衣の女』

ウィルキー・コリンズ作。ヴィクトリア朝のミステリー作家です。1859年から翌年まで、ディケンズが創刊した雑誌に連載されました。当時はやったそうです。

けっこうな大作で、初めはそこそこ面白く読んでいたのですが、いかんせん長い‥。やはり今の感覚で読むと、訳文もそれなりに古めかしく、うーん、、どきどき感はもうひとつかな。

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『掏摸』

中村文則作(2009年)。

面白い小説です。
タイトルの通り、掏摸のお話です。比較的短いうえ、緊張感・恐怖感があってどんどん読ませるのであっというまに終わります。主人公がどうなったか、これはそのうち続編をぜひ書いてほしいです。

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『若者はみな悲しい』

F・スコット・フィッツジェラルド(1896-1940)作。原題“All the Sad Young Men”。1922-1926年に雑誌に掲載された短編集で、自選集の第3編にあたるものです。

フィッツジェラルドは、上昇志向とかなわぬ夢、現実がもたらす小さな幸せなどをテーマに多くの短編を残しました。米国では、「期待値は高かったが未完のまま早世した」と評されているそうです。

この本にもグレート・ギャツビーを思わせるような話がいくつかありました。解説にあるように、人間観察と社会風刺がきいています。ですけれども、他の作品もいろいろ読んでみたい、と思わせる作家ではないなあ・・。それほど面白い世界が描かれているとは感じられない。むしろ、都会人の狭い社会の話に見えます。つまり、私にとっては、面白くないということです><
 
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『蘇る金狼』

大藪春彦作(1974年)。映画もドラマも観たことないし、話も全然知りませんが、タイトルだけは知っているぞ。というもののひとつ。図書館にあったので読んでみました。長くて意外に時間かかった。

車、銃、薬、そして殺し満載の、まあ、劇画を小説にしたようなものですね。主人公の手際があまりにも良すぎて、とても素人さんではないし、玄人にしてもできすぎです‥。そういうわけで、現実感がなくて(^^;

時代設定は、東京オリンピック開催前の東京。道路工事などが急ピッチで行われている頃です。読みながら、世の中いろいろ変わったなあとしみじみ思いました。犯罪小説で欠かせないアイテムのひとつである電話は、外出時、公衆電話かお店にしかない。あと、株券。昔、うちにもありましたが、硬めの紙に変な字体で印刷されたものでした。賞状みたいな大きさのもあったなあ。それからドルの購入。今みたいに自由に買えなかった。車についても、暖機運転という言葉を久しぶりに聞いたよ。

全体的な印象として、今の犯罪小説には見られないのは、一種の翳りでしょうか。戦争の影があり、権力に対する不信感あふれています。ラスト、ここまで来たら主人公にはぜひ逃げ切ってほしいと心配しながら読みました。身も蓋もないなぁと思いつつ、分別くさくなく終わらなくてよかった?です。
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『ねじの回転』 

ヘンリー・ジェイムズ作(1898年)。 
19世紀後半の英国では、「幽霊協会」などのクラブの会合で、霊的体験を語るのがブームだったそうです。そんな時代背景のもとに書かれた小説です。
英国の田舎屋敷を舞台に、家庭教師が遭遇する謎の出来事。家庭教師は子供たちを守るべく勇気を奮うのですが…。

出版直後、「魂が汚される邪悪な物語」と批判されたと解説されています。「従来の常識から大きく外れたセクシュアリティのありよう」が一因とされます。←このようなあとがきを読むまで、鈍感な私は、いまひとつ読み終わってぴんときませんでした。というのは、家庭教師の言葉や人々の感情表現が上品かつ遠回しなので、深読みできなかったのです。
イギリス帝国主義に対する批判もにじませた小説、ともあり、なるほどーと気づかされた次第です。

死んだ者も怖いけれども、無垢を装う子供のほうが実は怖いのかも。
H・ジェイムズの作品はかなり苦手ですが、これは短いこともあり、読みやすいです。
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『ジュリアス・シーザー』

シェークスピア作。
1599年、グローブ座のこけら落としで『お気に召すまま』と上演されました。日本では安土桃山時代の終わりごろですね。

劇の性格上、せりふも何だか大仰なので、実際に鑑賞したいです。この作品に限りませんが。思えば、シェークスピア作品の舞台って観たことないなぁ。昔、映画で「ハムレット」を観たくらいか‥。

ブルータスよお前もか。は、原文ではここだけラテン語 Et tu, Brute? だそうです。当時からシーザーの言葉として伝わっていると解説されていました。
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『闇を裂く道』

吉村昭著(1990年)。吉村氏は、『高熱隧道』でもトンネルを扱っていますが、これは、東海道線の丹那トンネル掘削のお話です。『高熱隧道』同様、当時の政治・社会情勢にふれながら、関係者達の度重なる労苦を記すというスタイルです。 

東海道線の全通は1889(明治22)年。国府津から沼津まで現在約1時間ですが、当時は2時間半以上かかりました。熱海までの線路を作れば半分の時間に短縮されるということで、1918(大正7)年、トンネルの建設が開始されました。

当時から保養地として有名だった熱海は、明治中頃まで、小田原から歩いたり人力車やカゴで訪れるところ。1896年に人車鉄道(レールの上で客車を人力輸送する)ができても、小田原から3時間半かかりました。有力な観光地&別荘地として人々をさらに呼び込むためにもトンネル開通が望まれました。

熱海側と三島側から人力で掘り進むうち、断層(今でいう活断層)に突き当たり、大量の土砂、水がトンネルの下部からも噴出、坑道は崩壊し死者67人を出す事故も起きました。
セメントを注入しながら掘り進めても、幾度も水が出て、芦ノ湖の貯水量の3倍にあたる水がトンネル工事で流れたとされます。その結果、豊かな湧水の地であった丹那盆地の水が減り、ワサビ田、水田、井戸が枯れ、飲み水に事欠く事態に。地元民の相次ぐ請願、ムシロ旗を立てての騒擾沙汰が起きました。

北伊豆地震(1930年)では、断層がずれ、トンネルの支えとする鳥居状に組まれた柱の右側が左に移り、左の柱は断層に入ってしまいました。30キロにも及ぶ断層のため、工事は難航し、7,804mのトンネルが開通したのは15年11か月後の1934年です。

政府は、水を失った丹那盆地の住民に補償し、地元の問題は解決しました。函南村の年間予算8万円のところ117万円が支払われ、また、函南駅も設置されました。

1938年頃から、軍需物資の輸送量の増加のため、丹那トンネルの脇に新たなトンネルの建設が計画され、41年から工事が始まったものの戦局の悪化で打ち切られました。戦後、掘削が開始され、新丹那トンネルが開通したのは62年です。

実際に東海道線に乗っていると、丹那トンネルは音も迫力あって、いつまで続くんだろうと不安になります。新丹那のほうも、新幹線なのにけっこう長く感じます。活断層を通っているので、地震の時は怖いですね。
今では想像することが難しい、昔の人々の苦労をしのぶ本です。
by itsumohappy  at 18:47 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『永続敗戦論』 

白井聡著(2013年)。副題「戦後日本の核心」。著者は、1977年生まれの社会思想・政治学者です。

著者は、敗戦を否認するゆえに際限のない対米従属を続けることを「永続敗戦」と呼んでいます。これが、戦後の国体であり、「敗戦を終戦と呼び換えるという欺瞞」によって戦後日本のレジームの根本が成り立っていると論じています。歴代保守政権により、「戦後」が際限なく続いてきました。
敗戦の否認のひとつとして、北方領土問題が挙げられています。講和条約で放棄した千島に国後、択捉は含まれていないと主張する政府の要求は「無理筋」であると。

以下、要約ですが、
日本の戦後民主主義は、冷戦の最前線を韓国、台湾、沖縄に担わせることによって生じた地政学的余裕を基盤に成立可能となりました。対米従属による平和と繁栄路線を支持した多数の日本人は、安全保障の問題を忌避し続け、できるだけアメリカの戦争に巻き込まれないようにする保証として憲法9条に利用価値を認めてきました。ですが、絶対平和主義は、生命を賭しても守られるべき価値として機能してきたのではなく、それが実利的に見て便利だから奉じられてきたに過ぎません。

2011年3月11日の大震災・原発事故は、戦後という歴史の区切りを示しました。3.11以降、各人が「自らの命をかけても護るべきもの」は何か真に見出す必要があります。国体の本質を内側からわれわれが破壊するか、外的な力によって強制的に壊されるか。戦後=平和と繁栄の物語を徹底的に再検証すべきである、と主張しています。

この度、安保関連法が施行されました。総理言うところの「戦後レジームからの脱却」です。今後、南スーダンとかで自衛隊員が大勢テロ攻撃に遭って殉職するかもしれない。そういうことも止むを得ないという覚悟を強いるのに、最初のステップとして、集団的自衛権の行使は合憲であると憲法解釈を変更するやり方をとったのは不適切だったと感じます。
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『地底旅行』

ジュール・ヴェルヌ作(1864年)
図書館で新訳を見かけて何となく借りてみました。ヴェルヌって読んだことがないので‥。

ドイツ人鉱物学者とその甥、地元の案内人の3人が、アイスランドのスネッフェルス火山から入って地底を2カ月探検するSFです。
昔、ヴェルヌの作品は子ども向けの本でよく見かけた気がしますが、今でも子ども向け『地底旅行』が受けるかというと、うーんちょっと難しいかも…。かと言って、大人が原作を読んでもどうかなぁ(--;;

解説によれば、ヴェルヌの時代には、「恐竜」、「進化」という言葉がなかったそうです。「進化」は、『種の起源』の第6版(1876年)で登場するとあります。
21世紀の今日では、この小説が牧歌的に見えるのはしかたない。冒険ものとしてもファンタジーでもちょっと苦しい感じ。どこか未知の星ならともかく、地球が舞台となっているぶん、何だか非科学的に見えてしまうのですねぇ><
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『低地』

ジュンパ・ラヒリ作(2014年)。
久しぶりのラヒリ作品。過去2、3作読みました。いずれも外れがなかった。インドには興味がないのですが、純粋にストーリーを楽しめます。
『低地』もインド人が主人公で、兄弟とその家族のお話。というと簡単すぎますが、あまりいろいろ書くとつまらないし‥。

心の痛みと異文化体験の描写が特徴かな。読んだ後、何だか寂しいような気持ちになるけれども、新作が常に気になる作家です。
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『魔術師』

ジョン・ファウルズ作。1965年に発表された作品です。この作家は、『コレクター』が有名ですが、大昔、その映画を観て、原作を読むのはいいや。と思った覚えがある‥。それで、なんとはなしに図書館にあった『魔術師』を読んでみたのですが。

これが長い。長くてもエキサイティングならよいけれども、何をやっているのかさっぱり???な小説でした。初めはミステリーっぽくてわりと期待したのですがー。だんだん妙になってきました。私には意味不明のお話でした。凝りすぎているのかな。長い分、しんどい読書になりました。選択に失敗>< 
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『その男ゾルバ』

ニコス・カザンザキス作。1946年に発表された小説です。原題は、「アレクシス・ゾルバスの生活と行状」だそうです。私が読んだのは、1967年に出版された訳です。

ギリシャのお話と言えば、オデュセイアとかギリシャ悲劇をいくつか読んだくらいで、現代ギリシャの小説はこれが初めて。映画化されましたが、観たことありません。

クレタ島が舞台というのがめずらしい。島の風土の描写が印象的です。
ゾルバはマケドニア出身で、ブルガリアに対するゲリラ闘争にも参加するなど、人生経験豊富な自由人。対して、語り手的に登場し、ゾルバと行動をともにする作家(もどき)は、頭でっかちのディレッタントで、ゾルバがいわば人生の師匠的存在となっていきます。

けっこうな大作で、半分以上進んでも話が一向に展開しません。こんな調子でこの小説は終わってしまうのか!?と思っていたら、やはりその通りになりました‥。
ストーリーを楽しむ小説ではなく、原題通りゾルバの行状を読むような。ゾルバの放つ言葉が小説のメッセージという感じです。

「自由」という言葉がひんぱんに出てきます。クレタ島は地中海ののんきな観光の小島というイメージしかありませんでしたが、解説を見ると、トルコや英仏ロシアなどに翻弄され続けてきた歴史が紹介されていました。そういう歴史的経緯やバルカン半島あたりの民族抗争などよく知っていれば、この小説をもっと理解できるかも‥><
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『山岳遭難の教訓』

羽根田治著(2015年)。こちらも山と渓谷社の新書で、「ベテラン登山者」の事故事例と教訓がテーマです。 

著者曰く、その場所でのその天候は初めて経験する、という意味で山登りのベテランは存在しない。ただ、経験を重ねることで多くの知識があるということに過ぎない。危機のとき一番いい判断ができるかが重要です。

6日間、山中を彷徨ったケースが印象的です。次々現れる幻覚に惑わされ、装備や服をどんどん捨てていってしまう。また、道迷いした登山者が、同じく迷っていた別の登山者に間違った方向を教えてしまい、その人は遭難して見つからないまま、という話もありました。行方知れずのその登山者は犬を連れていましたが、犬だけが1カ月後に帰ってきたそうです。警察は、犬を案内役にして捜そうとしたけれども、犬が嫌がってうまくいかなかった。ちなみに甲斐犬‥。道を教えた(つもりの)登山者は、不確かなことを言ったことを悔いて、警察と手がかりを探しに行きましたが、見つけられなかった。

日帰りハイキングでそれほどハードな場所でなくても、時々、山頂に行方不明者の写真が木につけられているのを見ることがあります。大勢の人が訪れる、神奈川の人気スポット、大山でも見つからない人がいるそうです。
by itsumohappy  at 22:38 |   |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『もう道に迷わない』

野村仁著(2015年)。山と渓谷社の新書です。内容は、道迷い遭難の事例解説と防止策です。

2013年、全国での遭難発生件数は2172件で、道迷いによるものはおよそ42%とあります。ただ、地域によって違いがあり、長野県内では道迷いのケースは約13%。1位は転落・滑落です(33%)。

道迷いは、都市近郊の低山エリアで多発しています。北アと違って作業道、生活道が入り組んでいて迷う。首都圏で道迷い遭難が多いのは丹沢山塊で、最近はバリエーションルートでの遭難が目立つそうです。

道迷い遭難の増加の背景として、著者は、社会が根本的に道迷い遭難を軽視し、本気で向き合ってこなかったことと、遭難者がマスコミ・一般からバッシングされるため、遭難情報が公開されず検証が不十分になることを主に挙げています。

道に迷わないためには、ルートの研究、非常時の装備。もし迷ってしまったらまず引き返す。尾根・稜線を目指す。いずれもよく聞く常識的な心構えなのですが‥。
実際に歩いていると、分岐や標識を見落とすことがあります。地図を見ていても間違えたこともあるし。引き返すタイミングを間違えたこともある(^^; 変だな?と思ってもなぜかけっこう進んでしまって。

ひとつ感じるのは、気持ちに余裕がないとよろしくない。コースタイムから遅れていたり、バスの時間を気にしていたり。おしゃべりなどしていて間違えることもあります。分岐などルートの勘どころを常に頭に入れておかないとだめですね。
by itsumohappy  at 18:04 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『恍惚の人』

有吉佐和子作(1972年)。
これはとてもはやった小説&言葉で、子どもの私でも知っていました。
家に出版当時のものがありますが、何となく内容が想像できる気がして読んでいませんでした。しかしこう寒いとお昼に図書館に行く気力がないので、読んでみた。

じめっとしたみじめな老人介護ものかと思っていたところ、案外、筆致はさらっとしています。次々と起きる「恍惚の人」の変異は悲惨で、家族は皆、振り回され続けるのですが、さすがに有吉佐和子、読者をぐいぐいとひっぱります。

今なら多少描写が違うかな?と時代を感じさせるところもありますけれども、この本に描かれた苦悩はいつの時代も変わらない。いつか自分にも降りかかる、または、自分自身が恍惚となるという不安を社会的に示したという意味で、先駆的作品なのでしょう。
by itsumohappy  at 22:54 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑
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