『地雷を踏んだらサヨウナラ』

一ノ瀬泰造(1947-1973)が残した日記や知人にあてた手紙が時系列にまとめられたものです。以前から気になっていたけど、ずっと読まないままでした、話が悲惨かなぁ?と思っていたので。読んでみると意外にあっけらかんとしていて、一種のさわやかささえ感じました。と同時に、この人は、仮に赤色クメール(泰造君によれば現地人は「ベトコン」と呼んでいたみたい)に捕らわれなくても、いつかどこかで「戦死」したんじゃないかな?って気がします。
無鉄砲な熱さ、きらきらした若さが人を惹きつけるのでしょう、この本はずいぶん刷を重ねています。

カンボジアの人たちとの交流の様子がいいです。当時、誰もまだ成功していない内戦後のアンコール撮影に挑む、というと相当決死の覚悟を抱いていたと思いますが、悲壮な感じはありません。そばの村に滞在してアンコール潜入の機会を伺うあいまに、村の子たちとボクシングや柔道するなどけっこう楽しそう?な日々も送っています。しかし、やはり戦地ですから兵士ばかりでなく、村人が、大人も子どもも目の前で即死したり、自身も弾に当たって大怪我したり。「いい写真を撮るためには命も賭ける」と言い、実際その通りになってしまいました。

泰造君のルームメイトだったシェムリアップの物理教師が印象に残ります。プノンペン陥落前の混乱で、両親、兄弟が行方不明になりその教師が途方に暮れている場面がありましたが、教師自身も含め、その後一体どうなったか気になりました。
by itsumohappy  at 18:37 |   |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑
Comments

今だに・・

作太郎さん
・・裁判をやっていますし、人々の暮らしもまだまだ厳しい感じですね。
気候が恵まれているからのんびりでもなんとか生活していけるのでしょうか。
国民は政府なぞあてにしていないかも。。
by hiro 2010/09/18 22:29  URL [ 編集 ]

その後

一ノ瀬さんが亡くなってから、1990年代はじめまで、内戦は続きました。カンボジアの人たちは悲劇的な環境の中でたくましく生きていました。現地に行けば分かるのですが(もう過去のことですけど)、普段はのんびり楽しく暮らしているのです。そういう姿を見ていると、戦争なんてばからしくなるんですけどね。
by 作 2010/09/17 20:47  URL [ 編集 ]
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