『牛を屠る』 

佐川光晴著。現在は文筆業をしている著者が、1990年から10年余の間、牛などの屠殺に従事した頃の体験を綴ったエッセー。
著者は北大卒後、出版社で働きましたが、1年で退職。建設現場でありきたりの肉体労働をするうち、「おいそれとは身につけられない仕事で鍛えられたい」と思い、大宮食肉荷受株式会社(現:さいたま食肉市場株式会社)に就職。事務部門で働けば?と同社の人に言われたのを断り、「おめえみたいなヤツの来るところじゃねぇ」と現場の人に怒鳴られながらもその現場を選んだ、とあります。子どものときから「企業はいざとなるとなりふり構わぬ行為に及ぶことを見聞していた」(著者の父親は、勤め先であった学研との裁判闘争に長年費やし、会社による暴力事件で病気にもなった)ため、組織や権力に対する不信感のようなものが背景にあったようです。
  
生まれてから一度も刃物を研いだことがない著者が、ヤスリとナイフを自在に扱って牛・豚を枝肉にする作業を一人前にこなせるようになるまでが記されています(今はオンライン化が進み当時とは手順が異なっているらしい)。
家畜をつぶしているところなど見たことない私には、時には500キロを超える牛をどうやって屠るかなんて想像つきません。おおまかに当時のその作業は、この本によれば、牛の場合、ガス銃で眉間を撃ち、脳と脊髄をつぶして反射運動しないようにしてから頚動脈を切り、皮むきし、足首を切って内臓を出す、という流れです。

食肉でもハンドバッグでもお店ではきれいに並んでいますが、そうなるまでには、はじめに血みどろの過程が必ずある。機械で全てこなすことはできません。

関東には、芝浦にも食肉市場があり、ブランド牛は芝浦で解体される一方、酷使されてガタガタになった牛は大宮に持ち込まれます。
著者がいた大宮の食肉市場の建物は、昔と違って現在は銀色の壁にしっかり覆われ、牛の姿も見えない、声も聞こえないそうです。今やその市場の周りにどんどん立った高層マンションに住む方々にとってはそのほうがいいし、私が住人だったら、やはり、建物に入るのを嫌がって暴れる牛が見えるより見えないほうがいいです。でも著者は、あたかも何事も起きていないかのように全て隠してしまって、本当にそれでいいのだろうか?と問いかけています。

著者は誇りを持って仕事にうちこみ、周囲からも一目置かれる存在になりました。しかし、不妊症と診断されたとき、日常「屠殺」しているからではないかと苦しみ、治療の結果子供ができれば障害がないか心配し、そしてそんな「偏見」にとらわれて悩む自身を情けなく感じたと書いていて、印象に残りました。
「屠殺」ってワードでは変換候補に出ませんね。
by itsumohappy  at 23:20 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑
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