風雪のビバーク

ここ数日にわたって夜、NHKハイビジョンで国内外のお山をとりあげた番組(たぶん再放送)を流しています。白川義員氏によるヒマラヤの峰々の空撮模様だったりエベレスト街道の風景だったり。なかなか最初から観られないんですが。2,3日前の山野井夫妻のグリーンランドの何とか絶壁への登攀などは見ているだけでも苦しかったです・・ 二人とも手足の指をずいぶん失っている>< そんなのをものともせず、前人未踏のところへ憑かれたように挑む姿勢はもう何といいますか、お花や景色がきれいだから山でも行こうか~という気しか持ったことのない私にとっては、とうてい理解できない、というよりも何と言っていいかわからないです・・。

この冬は雪が多いみたいでやはり遭難事故が続きましたね。穂高の不明者は見つかったんでしょうか。・・・などと考えていると図書室で『単独行/風雪のビバーク』(加藤文太郎/松濤明)なんてタイトルが目に入り、借りてみました。あまり、人が死んだりする話はいやなんだけど、松濤氏の遺稿から「北鎌尾根への死の登攀」部分を読みました。

読むといっても、登山メモなので数ページ。肝心のところは1ページ。あとには所属していた山岳会の遭難報告書などがついています。肝心の1ページに、槍ヶ岳北鎌尾根での風雪で進退きわまり、尾根下の沢で死を決し逝く模様がのっています。
北鎌尾根って今でも、ちゃんとした登山道があるようなところではなさそう・・。荷物量が貫表記なので一体いつの話だと思ったら昭和24年です。前年12月末から同行者1名と北鎌尾根から槍穂を越えて焼岳を下るという約1ヶ月のプラン・・す、すごい・・・・・。荷物の総量23貫(90kg近い!?)を事前にある程度のところまで上げて、かつ、そこからP6まで荷を分けて何度も往復、なんてことをしています。小屋や人の力を借りては登らない先鋭的な登山を標榜した人らしいですが、水を吸って重くなったテントを捨てて、風雪で濡れつつも雪洞とツェルトで稜線を突破しようというのは、、成功すればそれはもう英雄ですけれども>< それでもP10まで行って、すごい体力・精神力です。

松濤氏は最期のメモで、家族らに感謝の言葉を述べ、知人にあとを託し、自分と同行者の借金のことを付け加えています。最後部はカタカナまじりで書かれた短いメモです。おそらくは先に死んだ同行者を置いてゆけず(「友ノ辺ニ スツルモイノチ 共ニユク」)、淡々と死を受け入れる姿が胸を打ちます。1月に遭難して、発見されたのは8月。このメモは体につけないで(流されるおそれがあるから)、袋入りで岩陰に置かれていたそうです。自分たちが死んでも、海に流れた体は魚を肥やしてまた人の体をつくる。個人ハカリノ姿、グルグルマワルなんて書くくらい冷静沈着なのに、せっかく南方での2年間の軍隊生活から帰ってきたのに、ポイント・オブ・リターンを越えたのはどうしてでしょう、なんていっても始まらないですねぇ。
死と隣り合わせだけれどもそれがゆえにそこに向かってしまう、世の中には昔も今もそういう人々がいるってことでしょうか。悪魔ならぬ山に魅入られてしまったような人々。

松濤氏のこのメモ(手帳)などの遺品は大町山岳博物館に展示されているそうです。
by itsumohappy  at 22:44 |   |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑
Comments

maccha12さん
大山も行ってみたいところです~ 確かに雪の風景の
美しさは格別なものがあると思うのですが、超寒がり
の私には写真で十分です・・・
挑戦する人たちは死んでもいいと思ってはやって
いないと思いますが、あまり臆病でも挑戦にならない
ですしねぇ。


by hiro 2010/01/10 21:43  URL [ 編集 ]

凄い話ですね。hiroさんと同じく、きれいな景色や花を見るだけで充分で雨になりそうであれば登ることがないなんちゃって登山家からすれば絶対やらない行動ですね。

ただ、春の大山を登ったことがあるのですが、幻想的な雪の風景を思い出すとまた登りたくなるような気持ちならわからなくもないですが、自分の命を捨ててまでも登りたいとは思いません。

神様からいただいた大事な命は、やはり大切にしたいものです。
by maccha12 2010/01/09 00:12  URL [ 編集 ]
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する

最近のコメント
リンク
このブログをリンクに追加する
カテゴリー
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

RSSフィード
最近のトラックバック