方丈記

空しさばかりを感じる今日この頃の気分に合いそうだから、ってわけでもないですが、棚に挟まっていたので久しぶりに読んでみた。こんなに短かったかしらと思うくらい短いエッセー。

天変地異や政変続きの乱世で、信仰は救いとなったのか? 長明はあまりはっきりとは書いていませんね。おしまいのほうで、
・・・汝、姿はひぢりにて、心は濁りに染めり。・・・不請の阿弥陀仏、両三遍申してやみぬ。
云々書いています。

山林の草庵で世捨て人の暮らしをしているはずなのに、都の様子が気になって見に行っちゃう。遷都した福原にも行っちゃう。
飢饉で行き倒れた人々が山をなしているといった悲惨な状態をレポートしていますが、長明自身は生活の糧をどう得ていたのかなぁ。畑仕事の描写もないし。賀茂御祖神社の方だから相続した資産があったのかもねぇ。

浄土宗をひらいた法然は長明と同時代人なんですよね。
by itsumohappy  at 00:22 |   |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑
Comments

cccpcameraさん
方丈記は読みやすいですよね。文の調子もよいですが、短いのも気にいっています(^^; 嫌味もなくストレートに訴えてくるものがあります。

チョウセンアサガオって曼陀羅華っていうんですか!あれは変なにおいもするし、いまひとつのイメージ・・ 実を食べたら浄土?に行ける草だからでしょうか。

動乱の中世のころと今とでは信仰のありようを一概に比較できませんが、たぶん人の気持ちはあまり変わらないでしょう。浄土宗にしても800年近く続いてきたんですよね。。
by hiro 2009/12/28 23:29  URL [ 編集 ]

 私も、方丈記、たまに読みます。高校生のとき、古文で唯一理解できたのが方丈記でした。作者にとって、信仰は救いであると解釈しています。『不請の阿弥陀仏・・・』の『不請』の解釈によるのだと思いますが。いろいろなことが有っても、与えられた情況を受け入れる、それ以外に無いことを悟った信仰への確信を『不請』と表現したと解釈しています。

 浄土には、曼陀羅華と曼珠沙華が咲いているそうです。曼陀羅華って、チョウセンアサガオのことだそうで、以前、hiroさんの写真を拝見しとき、浄土ってそれほど行きたいところでもないかなー、と思いました。
 死んだ後、浄土に行くのか、ただひたすらの「無」なのか。いずれにしても、それ以上変らない常態で、どちらも同じように思います。これを、どうしようもないと考えるのか、安心してよいと考えるのか、人それぞれ。(母親の実家が浄土真宗の寺なので、浄土の話に反応しました。)
by cccpcamera 2009/12/28 12:45  URL [ 編集 ]
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