『自動車絶望工場』

―仕事をしていて恐ろしく思うことがある。これは労働ではなくて、何かの刑罰なのだ。

鎌田慧著。副題「ある季節工の日記」。(1983年講談社)
倉庫で見かけたのでざっと読んでみました。内容はタイトルから伺えるとおり、楽しい本ではありません。著者(当時34歳)は、1972年9月から半年間、ライターであることを隠して、トヨタ工場で「組付コンベア」の作業する期間工(季節工)として働きました。

苦しい労働の日々を日記形式でつづっています。そして、トヨタのいわゆる「かんばん方式」は、労働者と材料をぎりぎりの極限まで効率化して使うための「鉄の鞭」であって、労働者は非人間的な労務管理のもとで負担だけを押し付けられている、と労働者側からみた高度成長期末期における「トヨタ式合理化」の実態を分析しています。

コンベアでの作業は、「1秒たりとも自由にさせないほどの労働密度」で人間の限界を超えており、映画『モダンタイムス』にあったように日常の感覚がおかしくなって、食堂のテーブルに並べられた食器がのったお盆がお盆ごと流れているように見えたそうです。

経営者は人の身体より生産のことばかり考えていて、労働者を「機械より安くて取替え簡単な部品」として扱っている。72年の1年間で、新卒者、中途採用者、季節労働者あわせ7,000人がトヨタを去った、とあります。著者と同時期に工場の期間工として入った者で、半年の契約を満了できたのは著者だけだったとか。もって1週間、1日で辞める人も少なくなかった。

疲労困憊のなかで労働しているので、事故も多発。ただ、工場での怪我の実態ははっきりせず、労働者が死んで初めて重大災害と発表されました。著者が見聞きしたなかでは、機械に引っ張られたりして、指、腕、足はもとより「顔」を失くすほどの事故もあったらしい。
 
組合は労働者の頼りになるどころか、「企業繁栄のため労働者を駆り立て、若干の見返りを分配する機関となっていた」。1950年の労働争議のとき、2千人強が解雇されたが、闘争を指揮した委員会メンバーは幹部待遇として取り込まれたというエピソードがあります。

トヨタの幹部が、視察したフォードのルージュ工場の標語“Quality&Safety”を参考に自社に導入したのが「創意くふう制度」。「良い品 良い考」の理念のもとに、労働者自らが合理化のために些細な機械改良などを提案する仕組みで、提案には報奨金が出るが、提案件数がノルマとなっている。著者によれば、「労働者が自分の首を絞めるようなことを考えついたときはじめて企業の運動に参加できる制度」。お手本となった標語のSafetyの理念が抜けているのが「いかにもトヨタらしい」、と指摘しているのが印象的でした。
この本が書かれてから30年以上経った現在はどのような状況になっているのか、ちょっと気になるところです。
by itsumohappy  at 22:26 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑
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