『夜明け前』

島崎藤村作。
1929~1935年の間、数回に分けて『中央公論』に掲載された藤村最後の長編小説。
文学史に必ず出てくる有名な大作で、受験生ならみなタイトルは知っています。文庫で4冊、どれも50~60数刷とかすごい版を重ねています。とにかく有名な本ですが、文学史上の価値はともかくとして、小説としてはこれって失敗作じゃない?まとまりがないというか、散漫というか‥。気のおもむくまま書き連ねた感じ。

幕末から明治初めの激動の時代、木曽・馬籠宿の本陣の主である主人公は、街道を通行する井伊直弼や和宮ほかさまざまな人々の動きから時代のうねり、移り変わりを感じています。
そして宿場町の住民は、参勤交代制の下、人馬継立などの労役に疲弊しており、田畑がさして作れぬ山中の生活はただでさえ苦しく、官有林の盗伐などして罰せられたりしています。

ペリー来航を機に、徳川の世は終わりをつげ、王政復古、戊辰の内戦等と時代は動き、人々の生活・意識も必然的に変わっていく‥というと、何かとてもドラマチック!な話になりそうなんですがこれがちっとも面白くなくて。ストーリーを楽しめるかも‥という期待は1巻目半ばにして捨て去り(というか以前も1巻目で止まったのだった)、では、維新の動乱と宿場町の人々の暮らしを解説するもの?として読み続けてみたものの…うーんなんとも中途半端という印象しか持てませんでした。

青山半蔵という主人公がはっきりしないキャラクターです。国学者平田篤胤門人として大政奉還でよりよい古代への復帰を信じるとか、古代の人に見るような素直な心をもう一度世に求めたいとか、何度も「古代」が出てくるのですが、抽象的な記述にとどまっていてぴんときません。まあ、そもそも時代の流れに背を向けて「古い神社へ行って仕えたい」「神仏混淆のいかがわしい仏像は焼き捨てる」などという主人公に全く関心を持てないというのがありますが。

新しい時代に抗う(いや抗うというのでもないかな、どっちつかずのような曖昧な態度にもみえる)にしても神風連の神官みたいに暴れるような突き抜け感はなくて、歌を書いた扇を持って天子様の列に突っ込んじゃうとかそんな程度ですし。
しがらみにがんじがらめで、はじけたくてもはじける勇気が持てず(はじけ方がわからず?)、鬱屈を続けるうちに気がおかしくなってしまった、とくくったら乱暴ですかねぇ。精読していないものですみません。

きょうび、わざわざ少なからぬ時間を割いてこれ読まなくてもよいです。ストーリーから湧き出る力強さがない。小説ではなく、説明で構成されている本です。
木曽町(宿場町)における庄屋の、或いは労役者の生活、明治維新と内乱、国学、それぞれに解説された歴史書でも読むほうがよいです。

日光例幣使が「脅迫と強請の外の何物でもない」とあったのは興味深かったです。500人ほどの大集団は、京都と江戸の一往復で「1年間は寝食いができる」ほど、街道沿いの人民に金品をたかっていたそうです。
by itsumohappy  at 21:56 |   |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑
Comments

限られた時間

作太郎さん
有名な著作であっても、もう漫然と読み続けることはできなくなりました。自分にとって合わないものと思えば、早いうちに見切りをつけるほうが時間の無駄となりません・・昔はあまりそういう風に思わず、がんばって?読んだものですが、今は、何か得るものをなしには読めないですねー 

訴えるものがあれば、何百年昔のものでも色あせないと思います。
by hiro 2014/02/02 16:47  URL [ 編集 ]

人生は短い

hiro さんの文章をとても興味深く読みました。『夜明け前』は未読。人が一生の間に読める冊数は決まっています。
by 作 2014/02/02 00:02  URL [ 編集 ]
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