『桜守三代 佐野藤右衛門口伝』

鈴木嘉一著 (平凡社新書)。 読売新聞での連載をまとめたものです。
佐野藤右衛門氏は、京都山越地区にある佐野園(植藤造園)の第16代当主です。昔の山越付近は仁和寺の寺領で、佐野家は代々仁和寺に仕え、農作業の合間にお寺の庭仕事を手がけていたそうです。専業の植木店となってからは5代目、そして「桜守」としては3代目です。

先々代の藤右衛門は、京都府立植物園の技師だった寺崎良策との出会いをきっかけに、日本中の優れた桜の苗木や種子を集め、佐野園の一部で跡継ぎを残すことを始めました。戦前、桜を追って、東北や北海道、はては樺太まで足を伸ばしたそうです。
昭和3年、樹齢200年を超える円山公園の枝垂桜(戦後に枯死)の種を採り、桜畑で育てました。その育てられた2世が今円山公園に植えられているものです。
戦争末期となると、食糧増産のため桜畑を農地にすることを命令され、先代藤右衛門は10万本の苗木のうち7万本を切り倒しましたが、希少種の桜はひそかに残しました。

16代藤右衛門は、戦時中、茨城の満蒙開拓青少年義勇軍の訓練所に入り、舞鶴から大陸への渡航するはずが、病気で行けずそのまま終戦。佐野園を継ぎ、やがて造園仕事の合間に桜に携わることとなりました。

16代が惹かれるのは、その土地に根付いた彼岸桜や山桜などの「物語のある」古木で、日本全土の8、9割を占めるソメイヨシノは桜のうちに入らない。接木がしやすく生長も早いソメイヨシノの植樹が盛んになったのは、日清戦争直後からだそうです。ソメイヨシノは、おしべもめしべも退化し、みんな同じ(クローン)だから物語もなく、作り笑いをしているように見えますのや、とのことです。
名木の跡継ぎを絶えず残すため、80過ぎてもたいてい独りで日本各地を歩き回っています。誰も見向きもしない360日の間、桜を世話し、来年の春も気張って咲いてやと話しかけると桜が喜ぶ。
そんな16代ですが、人間には遊びが必要や、ということで、祇園でよく遊んでいるそうです。

14~16代の関わった名木のひとつに兼六園菊桜があります。世界で1本の珍しい桜でした。枯死寸前に接木に成功して後世に残すことができました。私は多摩森林科学園で見たことがあります。

佐野園はお花の時期、自由に見学させてくれるのですが、私はまだ入ったことがありません。
今年の京都の桜はどんな感じですかね。寒さが続いているから遅めかなぁと思いきや、先日の第1回開花予想では意外にも例年並みか少し早めでした。今度の上洛は4月20日頃予定なので、何か残っていてほしいなぁ。
by itsumohappy  at 22:00 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑
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