『回想アーロン収容所』

会田雄次著(1979年)。
歩兵で出征した著者は、1945年5月、メークテーラ会戦で敗走、部隊が絶滅する寸前で終戦となり、捕虜生活を経て生還しました。1974年にビルマを再訪し、戦跡をめぐりながら当時を回想したエッセイ。『アーロン収容所』とはまた異なる読後感です。

つらい思い出ばかりの戦場だったが、著者にとってビルマは「郷愁とも言えるほどの懐かしさ」をもって迫ってくる土地でした。日本兵は、補給が全く無いので現地で掠奪行為をしていたのにも関わらず、ビルマ人からは、戦時も戦後も敵意ある扱いを受けたことがなかったとあります。ビルマ人は人懐こい、人情が極めて豊かな民族で、ビルマで戦った人々の全てが、おそらくビルマ狂い。ビルマ・メロメロな戦友たちと、万博のビルマ・デーを盛り上げるために、自分たちでお祭り広場を埋めるべく家族を引き連れておしかけるくらいと書いています。

著者は、戦況の悪化に伴い、応援部隊としてビルマに投入されましたが、補充兵は著者以外誰も生き残らなかった。壮絶な軍隊経験のエピソードをいくつか語っています。戦死した「戦友」でもその生前の仕打ちを思うだけで「血が逆流するほどの憎しみ」を覚える人たちも沢山いるとのこと。また、自身の講演の際に、「戦友」だと言われて一番会いたくない元上官に面会を求められるときの複雑な気持ちなどを記しています。

ビルマを訪れ、毫も変わっていないビルマとビルマ人に出会って呆然とする著者。戦跡を見ても、案内のビルマ人にも現地在住の日本人にも伝わらない感傷に自分ひとりだけひたり、ビルマ人の素朴な頑固さに感心すると同時に、このまま(鎖国に近い軍人独裁の社会主義国)ではどうにも将来が開けないのではないかと危惧しています。日本人戦死者を埋めたという所に案内されて、一発で「ここではない」と感じたという箇所が印象的でした(実際、本当の場所は別であった)。死霊を感じない、それは初年兵の確信であると記していました。

戦後の30年は、アジアと日本を途方も無く遠く引き離してしまった。けれども、ビルマ人には自然でゆったりとした変化の道を歩んでほしい、と締めくくっています。

ビルマも遅まきながら、やっと変化し始めたようです。
by itsumohappy  at 23:48 |   |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑
Comments

イングリ

作太郎さん
単なる収容所体験記ではなく、英国人の分析が印象に残る本でした。日本人捕虜をほとんど人間として扱わないというのを暴力を以ってではなく紳士的に行うとこうなるのか~みたいな。そして、英国人の正体ってこんなものか、と。でも、会田氏が観察したそういう姿が、ものすごく意外だとは感じませんでした。
by hiro 2012/02/14 23:40  URL [ 編集 ]

comments

そんな本が出ているんですね。『アーロン収容所』では、ビルマのことよりも、日本人敗残兵に対する英国人支配者のことがたくさん書かれていたように記憶しています。あるいはその部分を印象深く読みました。会田雄次さんの観察眼が光っており、社会学的な考察になっていますね。
by 作 2012/02/14 13:18  URL [ 編集 ]
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