『私が愛した東京電力』

蓮池透著。副題「福島第一原発の保守管理者として」(2011年9月)。後半には、伊勢賢治氏との対談が載っています。

今更ながらふと思うのですが・・。私、震災前、福島に原発があったこと知っていたっけ。はずかしながら知らなかったような気がします。柏崎に原発があるのは聞いていましたが、こちらも東電のものとは知らなかった。
東電と聞いて、思い浮かぶのは、京花のやっていたオール電化のCMとか電子ちゃんとか尾瀬の東電小屋くらい? 福島などから都会のために電気が送られているという意識はありませんでした。

先だって、ホーマツ株主の我が家にも送られてきた東電の中間報告書に「創業以来最大の危機に直面しており、当面の間、無配」の文句。そりゃそうでしょうねぇ。賠償に1兆円、廃炉に1兆円。全く、どうしてこんなことになってしまったのでしょう。

『私が愛した東京電力』の著者は、あの蓮池さんのお兄さん。32年間東電で働き、福島第一原発では、圧力計や水位計等計器類のメンテナンスの仕事をしていました。
この度の事故で水位計の示した数値は全く誤っていて、燃料棒は実はとうに露出していました。1~3号機は半日~4日あまりでメルトダウン。そのメルトダウンの発生確率は、一原子炉あたり1000万年に1回とされていたそうです。

蓮池氏は、原発関係者が原発は安全だから安全だと念仏のように唱えて、「内包している潜在的危険性を顕在化させないよう努力」してきたのは間違いではなかったか、危険と安全が背中合わせなのだとアピールしておく必要性があったと記しています。そして、非常用電源の浸水対策については、改造しようと思えばできたけれども、自分たちで改造すればそれまでの国の安全審査は何だったの?改造前は危険だったの?と言われてしまう、という判断が働いたのではと推測しています。

記者会見で「メルトダウンしたけど何か?」とでも言いそうな東電広報の切迫感のなさを嘆きつつ、東電だからあの事故が起きたとはいえない、電力会社はどこも似たり寄ったり、とあります。玄界原発の運転再開をめぐる世論誘導のようなことは「現に私もやっていました」。
それでも、蓮池氏は、在職中から「このままいけば原発は自滅する」と感じていました。核燃料サイクルをきちんと完結させない(ゴミの行き場がない)まま、次々原発を作っても未来はないということです。そして今後、原発は、期間を区切ってフェイドアウトしていく運命にある、と主張しています。ただ、日本だけが反原発になってもあまり意味がない、隣接各国に原発があればリスクとしてはそう変わらない、とも指摘しています。

来年の春、全ての原発が停止すれば、日本全国、節電ファッショ列島となりかねない。そんなのは私もいやです。後半の対談部分では、拉致問題の蓮池さんらしく(といっても強硬路線化する家族会を批判したため、会から除名されたそうですが)、「拉致も原発も左右ともに熱狂するのではなく、日本にとっての利益が何か冷静に考えるべき」とコメントしています。
by itsumohappy  at 23:38 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑
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