『八月十五日の神話』

佐藤卓己著(2005年)。副題「終戦記念日のメディア学」。著者は京大の助教授です。終戦の記憶がどのように構築されたか、終戦報道、ラジオ放送、歴史の教科書(外国のものも含む)などを通じて考察した本です。ユニークなテーマだと思いますが、言葉遣いのせいかちょっと読みにくかった。

8月15日の終戦に関する報道は、今や夏の風物詩となっています。終戦報道は、1955年、戦後10年に際して多くのメディアが特集記事を組んだことを契機に確立されたものです。
終戦記念日の法的根拠は、1963年の「全国戦没者追悼式実施要項」(閣議決定)であり、8.15が平和を祈念する日として閣議決定されたのは1982年です。

「終戦」の定義のグローバル・スタンダードは休戦(降伏)協定なので、本来なら、降伏文書に署名した9月2日が終戦記念日として妥当な日時です。天皇がポツダム宣言受諾を決定し、海外(相手国)に発信したのが8月10日。14日に受諾を再度確定し、終戦の詔書に署名しました。15日は、その終戦詔書の天皇による朗読が放送された日に過ぎません。著者は、8.15に玉音を聴いた経験が「国民的記憶の象徴」であって、そのことが戦後の国民国家に象徴的な統合力を与えたと論じています。玉音放送は、「戦後の祝詞」として機能し、8.15は、いわば国民にとっての建国記念日となった。一方、9.2は屈辱の日であり、ラジオ中継もされなかった。人々は戦争に負けた事実から目を背けた、或いは耳をふさいだ、とあります。

著者の調査によれば、高校の教科書では「9.2の降伏調印で終戦」派が圧倒的に多いけれども、小中学校の教科書では「8.15終戦」派が主流だそうです。著者は、8月ジャーナリズムの目的が、戦争の語り継ぎにあったとしても、8.15についての冷静な分析が今後重要視されるべきと主張しています。

玉音放送は、文字通り玉音だけ流して終わったのかと思っていましたが、玉音のあと、和田・日本放送協会放送員による30分強の解説があったのですねー。詔書を再朗読し、聖断に至る経緯やポツダム宣言受諾通告の経過等を伝えたそうです。
by itsumohappy  at 23:40 |   |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑
Comments

「メディアが創った終戦の記憶」

作太郎さん
まさしく言い換えです。「敗戦=占領」の記憶が、次第に、「終戦=平和」に置き換えられたとありました。講和条約締結前は、9.2で反省、という図式もあったそうですが、55年を境に「終戦=平和」としての体験記憶が確立されたと。報道は、「必然」や「宿命」を甘受する風土を生み出してこなかっただろうか、今後は、戦争責任の議論と戦没者の追悼を切り離して行うべきではないかという指摘には考えさせられました。
by hiro 2011/08/16 23:33  URL [ 編集 ]

自己認識にかかわる

なるほど。勉強になります。日本人の自己認識にかかわりますね。
日本人が「敗戦」を「終戦」と言い換え、東南アジア近隣諸国に侵略戦争を仕掛けた「加害者」であることを忘却して、原爆の「被害者」として自己を位置づける過程は、ジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』によく描かれていますね。
by 作 2011/08/16 01:52  URL [ 編集 ]
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