『関東大震災』

吉村昭著(1977年)。

関東では、東日本大震災後、頻繁にあった震度3~4程度の地震が何故か最近はおさまっています。地震来ないにこしたことありませんが、あまりひっそりしているのも却って不気味・・という複雑な気分です。近々、三浦半島や首都圏に大きいのが来るという話がありますし。

東日本大震災から5ヶ月経ちました。雑誌などに、犠牲者の中には、指が一部無い人たちがいたという話がありました・・。うそか真か、私はそれを実際に見た人から話を聞いたわけでもない。信じたくないです。ただ、あり得る。がれきの山といっても、そのなかには金庫も宝石箱もあった。たくさん着込んで逃げ切れずに亡くなった方々の懐には、お財布や通帳などもあったでしょう。指輪をたくさんはめて逃げようとした人がいたっておかしくない。マスコミは、がれきに埋もれた「思い出の写真」探しばかり記事にしますが。

『関東大震災』は、未曾有の大災害の全貌と被害の特徴を、体験者の証言や記録でたどるものです。
この本によると、犠牲者はおよそ20万人。全東京市の死者の55%に当たる3.8万人が被服廠跡で焼死或いは窒息死しました。火災旋風に馬車や大八車が避難民もろとも吹き上げられました。道路、橋なども家財で充満しているところを火に襲われ、消火もできず逃げ場もなかった。浅草区は96%が焼失したそうです。著者は「家財による悲劇」と指摘しています。20世紀に、自然災害で大都市がここまで壊滅したことって他にあるんでしょうか。

震災後の様相も実に悲惨です。死体をあさる強盗団の横行。彼らは指ごと切って指輪を集めた。遺体・塵芥の処理、排泄物の処理が間に合わない。あらゆる伝染病も流行しました。そして流言飛語がもたらした朝鮮人虐殺事件の発生。これについては、詳しく検証されています。「不逞鮮人襲撃」の流言は、震災翌日の9月2日、横浜市内から沸いたもので、その日のうちに多摩川を越えて東京へ、そして関東一円に及び、3日には福島まで到達しました。6日に戒厳司令部から、襲撃説は事実無根と発表されるまで、官憲側も流言を事実と信じていました。朝鮮人のみならず、中国人、日本人にも殺された人たちがいました。
大災害での流言による「血迷える群衆の蛮行」などというのは二度と繰り返されないと信じたいです。
そして、大震災の教訓とは、嫌でも身ひとつで逃げなければならないときもある、でしょうか。
by itsumohappy  at 18:50 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑
Comments
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する

最近のコメント
リンク
このブログをリンクに追加する
カテゴリー
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

RSSフィード
最近のトラックバック