御嶽山の写真

北アから見る御嶽山はいつも印象的でそのうち行ってみようと思っていました。

24日です。
新宿からバスで約5時間で田の原登山口。山間をぬうように道路が通っていました。まさに、木曽路は山の中。何でも「権兵衛トンネル」の完成でだいぶアクセスしやすくなったそうです。

松虫草咲く道をくねくね上がると田の原登山口。人いない。。7合目です。鳥居の向こうが御嶽山。見えないですが。
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最初はなだらかな道
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あかっぱげ。だんだん急登になってきます。
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木々が低くなり風がまともに当たります。
アキノキリンソウ
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ヤマハハコ
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金剛童子付近
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オンタデ
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どんどんガスにまかれる感じ‥>< 霧で体が濡れます。風は吹きまくり、気温は下がり‥。いったん冷えたらすぐ低体温症になってしまうでしょう。

なにせスタートが13時近いので、山頂着は17時くらいだったかな。
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二の池新館泊。小屋の設備や食事はいまひとつ>< この日、深夜までものすごい風が吹き荒れ、窓のガタガタ音が鳴りやみませんでした。意外に寒く、ごてごて着て寝ました。ダウンを着て寝ている人もいました。

部屋には掛け軸
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25日です。
4:30過ぎに出発、摩利支天、継子岳をまわって五の池から女人堂へ下りました。
どこ行っても真っ白(泣

賽の河原
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トウヤクリンドウ
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五の池
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継子岳
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チングルマ
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小さなコマクサ
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雪渓を横切りました。
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女人堂付近
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七合目、最後の小屋で売っていた力餅
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この日は、行動時間8時間ほどになりました。私の最高記録かも。
前日よりも天気が回復するという予報はものの見事に外れて、ずっと雨に打たれながら下りました。木の階段が滑りそうでかなり神経を使いました。
信仰の山らしい、独特な雰囲気があります。霧に浮かぶ霊神の碑や石像などなんだかおどろおどろしく見えました。 
by itsumohappy  at 23:03 |  旅行・山 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

修行。

週末、御嶽山に行きました。天気は予報以上にわるく、けっこうな修行を強いられました><
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風びゅーびゅーの厳しい山です。かなり寒かった><
土曜日は時間を追うごとにガスガスになって頂上にある御嶽神社奥宮のまわりも真っ白に。
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低体温による遭難の疑似体験をしに行ったようなもんだなー(泣
by itsumohappy  at 22:07 |  旅行・山 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『インド夜想曲』

アントニオ・タブッキ作(1991年)。
失踪した友人を捜すためインドにやって来た主人公。手がかりを求め、関係者を訪ね歩く。というお話のはずだったのですが。肩透かしを食わされたような印象。なんじゃこれ。一応まじめに読んでいる読者を惑わす本は好きじゃない(――)。作者の、この「夜想曲」は「影」の探求であるとする冒頭の言がヒントといえばヒントなんでしょうね。 

訳した須賀敦子氏の解説によれば、この作家の、最も完成度が高く、最もわかりやすい作品なんだそうな。人の存在はこの世では仮のすがた、幻影にすぎない、ということをテーマにしたようです。
by itsumohappy  at 22:41 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『リチャード三世』

シェイクスピア作。最初に出版されたのは1597年だそうです。

いつもの図書館には文庫本があまりありません。借りるものに迷い、目に入ったちくま書房のシェイクスピア全集から読んだことないものを借りてみました。

戯曲は舞台設定や人物が頭に入るまで何となく読みにくいです。この本は注釈や地図、系図が詳しく、何度も参照しました。エドワードやらヘンリーやら同じ名前が多いのでけっこう混乱します。戯曲に限りませんが、登場人物の多いお話は苦手になってきました。

シェイクスピアはフィクションも交えて描いているとのことで、まさにこの戯曲でリチャード三世の極悪人キャラが確立してしまったそうです。
お話は、王位をめぐって身内でも戦いに明け暮れる陰惨なものです。呪いをかけたり化けて出たりするシーンも見せ場でしょう。主人公が、えーいお前もお前も死刑!みたいな調子の、あっけらかんと開き直った?ワルであることで、むしろジメジメ感ばかりでない戯曲になっている印象です。
by itsumohappy  at 22:55 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

お盆休みも終わり・・

ああとうとう終わってしまいました。。明日から恐怖の通勤電車が待っているぅ。
遠出したのはお墓参りの時だけ。あとはほとんど家でのんびり、というかぼーっとしていました。連日の猛暑にぐったりで、思うように動けませんでした。

普段は冷房の効いた部屋に一日中いますので、家にいると午前中も早い時間からけっこう暑くなるということを発見。家では一日中冷房をつけるということはしません・・何となくもったいなくて。体力を消耗するのか連日お昼寝していました。オフィスにいたほうが身体的にはずっと楽です(--;
by itsumohappy  at 22:21 |  その他 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『風立ちぬ』

言わずとしれた宮崎駿監督の新作です。
本日レディースデーにつき隣町まで観にいってまいりました。

堀越二郎の生涯に堀辰雄「風立ちぬ」のエッセンスを加えた物語です。品があります。夢、希望を示す部分では、アニメならではのファタジックな表現を駆使しています。暗い時代背景ももちろん出てきますが、余計な説明をせず、シンプルです。従って子どもには難しい、というより理解しきれないかな。監督は、自分が撮りたいように撮ったという感じです。
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この映画は「風」が重要な要素ですね。草原、雲、空の描写もさすがです。前半の関東大震災、迫力ありました。映画館だとシーンによる絵のタッチの違いがよくわかります。まるで実写とみまがうような部分もありました。あれってどうやって作図するんだろう。

二郎のせりふまわしはいまひとつかな。ちゃんと声優ないし俳優がやったほうがよかったです。

どうでもよいのですが、二郎のお仕事道具を見て、うちにもあったのを思い出した。
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眺めてもやはり何だかさっぱりわからないですがー。
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by itsumohappy  at 22:26 |  映画 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『蒼氷』『神々の岩壁』ほか

新田次郎作(1974年)。お山の短編集です。
『蒼氷』は富士山測候所、『神々の岩壁』は谷川岳一ノ倉沢衝立岩、その他の短編も八ヶ岳、穂高など一般に知られた山域が主な舞台となっています。
いずれの話も新田氏の小説によくあるパターンであり、ストーリーそのものは特別印象に残りません・・。ですが、自然描写、特に、『蒼氷』での富士山頂における台風時の様相はまさに新田氏ならでは。よくこんなところで仕事していたものです。
富士山は、こういう小説を読んでも、まことに特別な山だと感じた次第です。


by itsumohappy  at 21:53 |   |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

丸の内音頭

普段は、通り抜けの人たちくらいしか歩いていない夕暮れの日比谷公園。今日明日と大盆踊り大会です。
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いつもはがらーんとした道も大賑わい。
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松本楼の出店
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1932年、暗い世相を吹き飛ばそうと松本楼など地元の商店が中心となって始めたのが丸の内音頭。曲が評判になり、歌詞を全国に通用するよう書き換えたのが東京音頭だそうです。平成になって盆踊りが復活しました。
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噴水の周りを五重くらいになって踊ります。
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踊ります。
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斜向かいの丸の内警察のおじさんたちがPRグッズを配っていました。気合の入ったクリアファイル
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手ぬぐいを買ったらジュースをくれました。
御稜威は空にヨイヨイ♪なんて昔の人は聴いてやっぱりすぐわかったんでしょうねぇ
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まあいろいろあることはありますが、とりあえず、世の中平和でよいですね。今日は長崎の日だったので特にそう感じました。
by itsumohappy  at 23:39 |  その他 |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

歴史認識

近隣の国々が歴史認識、歴史認識と繰り返し言及されます。正直、あと何十年続くんだろう‥と思い、聞いていて疲れてしまうんですけど、そう言われ続けても仕方がないかとも思える事件が先日ありました。麻生副総理発言です。

【当初発言の問題部分(朝日新聞7月29日)】
「…(靖国神社参拝は)昔は静かに行っておられました。各総理も行っておられた。いつから騒ぎにした。マスコミですよ。いつのときからか、騒ぎになった。騒がれたら、中国も騒がざるをえない。韓国も騒ぎますよ。だから、静かにやろうやと。憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね。わーわー騒がないで。本当に、みんないい憲法と、みんな納得して、あの憲法変わっているからね。ぜひ、そういった意味で、僕は民主主義を否定するつもりはまったくありませんが、しかし、私どもは重ねて言いますが、(憲法改正を)喧噪のなかで決めてほしくない。」

【発言撤回のコメントの一部(読売新聞8月1日)】
「…喧騒にまぎれて十分な国民的理解及び議論のないまま進んでしまった悪しき例として、ナチス政権下のワイマール憲法に係る経緯をあげたところである。私がナチス及びワイマール憲法に係る経緯について、極めて否定的にとらえていることは、私の発言全体から明らかである。ただし、この例示が、誤解を招く結果となったので、ナチス政権を例示としてあげたことは撤回したい。」

最初の報道を聞き、あの手口学んだら、は論外にしても、あれ、ワイマール憲法って変身?してたっけ?と、私も実際どうだったのかちゃんと説明できないじゃん。と思い、8月は歴史認識を深めるのに最適な時節ですから、最近買ったばかりの高校の教科書にどう書いてあるか見てみました。かつて勉強した(だろう)ことも歴史認識を心掛けなければ片っ端から忘れます‥。

山川の『詳説世界史 世界史B』(2013年)によると、
「(第一次大戦後)ヴァイマルでひらかれた国民議会では、社会民主党のエーベルトが大統領に選出され、民主的な憲法(ヴァイマル憲法)が制定されて、共和国の基礎がつくられた(ヴァイマル共和国(1919-1933))。」

しかし、賠償支払い等で経済と政局は混乱し、激しいインフレーションも進行。そして、
「…世界恐慌によって失業者がふえ、社会不安がひろがって議会政治が混乱すると、農民や都市の中産階級のなかに、ナチ党の大衆宣伝に動かされる人が多くなった。また保守的な産業界や軍部もヴァイマル民主政治を見限って、ナチ党に期待するようになった。1932年の選挙でナチ党は第一党になり、翌33年1月、ヒトラーは首相に任命された。新政府は・・・全権委任法によって国会の立法権を政府に移し、さらにナチ党以外の政党や労働組合を解散させて一党独裁を実現した。」
というふうにナチスの手口が説明されています。

麻生氏の当初発言は、内容も論旨もおかしい。その後の謝罪の論旨もおかしい。ワイマール憲法自体は別に悪くないと思うけど。だいたい憲法改正などという大きな話、大騒ぎして論議しなければならないでしょう。
これまでの失言のなかでも超ど級と言えるかも、ですが、まあ、みぞーゆーの人だし、許されてしまうんでしょう。で、また何度でも失言するのでしょう。
by itsumohappy  at 23:52 |  その他 |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『あゝ野麦峠 -ある製糸工女哀史』

山本茂実著(1972年)。初版(1968年)の改定版です。
映画化された「あゝ野麦峠」といえば、私のように見たことがなくても、ある年代以上の人たちにはよく知られたタイトルだと思います。

松本から北アルプス方面に行くときいつも通る「野麦街道」。飛騨と信濃を結ぶ交通路です。
野麦とは麦ではなく熊笹の実で、10年に一度くらいの大凶作の年に穂につきます。昔は、この実を粉にしてダンゴを作り、飢えをしのいだそうです。
明治から大正にかけ、昭和9年に高山線が開通するまで、飛騨から糸引き娘が、野麦峠~島々経由で岡谷・松本・上田・佐久に向かいました。当時の野麦峠は刀を持って歩かなければならないような所で、ここを越えるのは外国に行くようなものでした。
著者は、飛騨で数百人の老女を取材し、岡谷を中心とする当時の製糸業の盛衰とその背景を多面的に分析しています。

生糸は原料、技術ともに国内で自給でき、明治初期、日本の輸出総額の3分の1を占めました。茶とともに2大輸出品で97%が米国向けでした。生糸の経済力をもって日露戦争にのぞむ連合艦隊の経費を賄えたとあります。
信州に多く製糸工場が立地した背景には、土地が狭く農業だけでは苦しかったことや水が製糸に適していたこと、勤勉で質実剛健な風土等々があります。しかし、製糸業は、常にニューヨーク生糸市場の動向に左右され、生死業と言われるほど浮き沈みが激しく「10年平均の仕事」とされました。破産する工場も多かった。

はじめて糸をひく新工は、11,2歳。義務教育4年を終えたころです。当初は、農家の口減らし的なものでしたが、次第に貴重な現金収入を得る手段としての出稼ぎに変化しました。
糸引きは、糸目が切れないようにするのが重要で、製品検査が厳しかったそうです。腕のいい工女は年100円稼ぎ、一反田んぼが買えるほどでした。よい工女を確保するため工場間で誘拐もどきの争奪戦もあったそうです。

福祉施設も社会保障の類もない当時、実働10数時間のつらい労働に耐えかねて、天竜川や諏訪湖に身投げする者、結核になって郷里に帰されて死ぬ者もいました。工場の寄宿(寮)には、脱走防止のため鉄の桟がはめられていました。昭和のはじめには労働争議や組合運動が起きています。

過酷な労働や少女たちへの虐待などが記されている一方で、著者は、もと工女へのインタビューの結果、従来言われてきた画一的な「女工哀史」とはよほど違っていたと書いています。「女工哀史」と著者が言及すると老女たちは一様にけげんな顔をしたとあります。著者のアンケートによれば、飛騨のもと工女で食事が悪かったと答えた者は一人もなく、長時間労働が苦しかったと答えた者は3%。「家の仕事より楽だった」そうです。

当時の飛騨では、山木を切って焼畑でヒエやアワを作り、ワラビ根掘り、炭焼きと、朝暗いうちから夜中まで百姓と山仕事という生活でした。糸引きに出れば、コメが食べられ、1人で一家の労働1年分より多い収入を得られました。
信州の製糸業については、悲惨な工場労働の面ばかりでなく、飛騨の農村の「底知れない貧しさみじめさ」なども考慮して総合的な判断をする必要があるとしています。

「女工哀史」のエピソードばかりで構成されている本だと思っていました。読み応えあります。おそらく今は絶版と思われますが、歴史に残るノンフィクション文学のひとつでしょう。
by itsumohappy  at 17:46 |   |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

お中道

1日、富士山のお中道を歩いてきました。今は一周できないので、北西の4分の1周(約6km)の往復です。江戸時代は富士に3回登頂した人のみがお中道歩きを許されたそうです。

新宿を出発する頃には雨が降り出して気分は下降一直線>< 晴れ予報を見て申し込んだのに最近の都内近郊の天気は安定しませんで、直前に雨模様に変わってしまいました。

そんな天気だったので談合坂まで1時間で着いてしまった。中央道からは富士の裾野らしきラインがうっすら見えただけでした。スバルライン終点には10時前に到着~
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平日・雨天にもかかわらず、一般車両の駐車は1時間待ちでした。観光・路線バスで来ないと大変なことになりそうです。スバルライン終点の5合目は、頂上登山の出発点からは外れているのですが、車と人が入り乱れて大変な喧噪でした。ここで一気に2300m。風が強く、体がどんどん冷えました。

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安全を祈って小御岳神社で参拝。境内は中国人の皆様で埋め尽くされていました。
車道脇からお中道へ。先ほどの喧騒がうそのように静かになりました。

ところどころ石畳が残っています。御庭を抜けて、樹林帯をひたすらトラバース 
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ダケカンバ、コメツガ、シラビソ、カラマツ、シャクナゲなどの林です。意外に緑が深い。
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カラマツの実でしょうか。
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オンタデ(たぶん)
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シャクナゲはハクサンシャクナゲ。3,4mはある大木が道中にたくさんあります。お花の最盛期は過ぎていたようですが、まだきれいに咲いているものもありました。ハクサンシャクナゲは北アでも見かけますが、こんな大木は見たことないです。
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カッパを脱ぎ着しながら、枯れ沢を何度か通過します。
滑沢付近。写真ではわかりませんが、さすが富士山、すごい広がりです。
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仏石流し。廃仏毀釈のおり、頂上に置かれていた仏像を投げ落としたところとか。
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針葉樹林特有の木々の香りが、雨によってさらにふんわりと漂い、歩いていて気持ちがよいです。
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ふかふかしたコケも多く見られました。
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シラビソないしウラジロモミ(区別がよくわからない)
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大沢崩れ。盛大に崩れています。崖が何層にもなっていて、向こう側がどうなっているか全然わかりません。一番深いところで深さ150mほどです。
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午後、お天気が好転し、青空がどんどん見えてきました。
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頂上まですぐそこって感じに見えますが、10km以上あります。
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もと来た道を戻り、再び滑沢。真ん中手前は毛無山。その奥に、南アルプスが切れ切れに見えました。左から中心にかけて荒川三山~塩見岳
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途中、奥庭へ向かう道を下りました。歩き始めからこの間、行き違った人は一人だけでした。
青空が広がり、奥庭からは富士がくっきりと。奇跡的展開です。
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帰りの中央道からもきれいに見えるかも?と期待したのですが、富士山のかけらも見えませんでした。何だか不思議です。我々は雲の上にいたのかな。

お中道は静かな森林浴が楽しめます。これで鳥のさえずりが聞き分けられたらよいのですが、鶯しかわからなかった>< 
次は宝永火口の方を歩いてみたいです。
by itsumohappy  at 23:30 |  旅行・山 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑
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