大晦日

昨日は年末には珍しくけっこうな雨でした。今日も曇りがちでさえなかった。掃除洗濯で手がバリバリです><
今年最後の作業は、これ↓
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試しに買った巣箱を梅の木につけてみました。いちおう動かないように縛ってみたけれどどうなりますやら。気に入ってくれるといいなぁ。大晦日、巣箱かけなどしている者は、少なくともこの町内では私くらいなもんだろうなー(^^;

静かな夜です。NHKでやっていた第九を最後のほうだけ聴きました。もう寝ようかな。さようなら2012年。
by itsumohappy  at 22:19 |  その他 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

春を待つ芽

あー寒い。いつもより寒さが厳しい。
それでも、植物はちゃくちゃくと準備中です。

春蘭の花芽
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上賀茂神社からやってきたフタバアオイも順調に大きくなって、株分けできました。
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茎がしっかりしてきて、来年は奉納できそうです。
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近所の公園で採ってきた桧扇あやめの実を取りまきしたら、発芽しました~
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水仙と花にらはだいぶ大きくなっています。
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万両の実
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お正月のお花を活けた残り
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明日は晴れるようなので、チューリップの球根を植えなくては。
by itsumohappy  at 21:56 |  花・木 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

御用納め

・・・といっても、いつも通り勤務していつも通りこみこみの電車で帰りました。
なんかつまんない。10数年前までは、お昼に軽く乾杯して、三々五々帰宅する、なんてことをしていたのですが。そんなのんきな時代は終わっちゃいました><

これといって特別なこともなく、いつのまにか年末になりました、という感じです。でもまあいいや。今年はあまり小説を読まなかった気がするので、来年はたくさん読まないと。あとは、もっと軽快に歩けるように努力したいです。

ああ、年賀状書かないとなぁ。これが大の苦手なんです。たくさん書くわけでもないのに(--)
by itsumohappy  at 22:58 |  その他 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

大手町落語会

落語好きの友人に誘われて久しぶりに行きました。最近は寄席よりどこかのホールできくことが多くなりました。
今日の日経ホールははじめて。新しくなかなかモダンな建物で、経団連の隣、物産の向かい、ロビーからは御濠を臨むというおよそ落語に似合わない雰囲気のところでした。

メインは落語協会から2名、落語芸協から2名。権太楼、さん喬/桃太郎、鯉昇。桃太郎という人ははじめて。ホールが暖かくて居心地がよく、時々気がうっすら遠くなりました(^^; やはりさん喬「幾代餅」がよかったかな。権太楼
「二番煎じ」は前半がちょっとテンポがよくなかった。

今年のイベントはこれで終わりかな。今年もあと1週間ほどですねぇ(--)
by itsumohappy  at 23:20 |  その他 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

ミチテラス

復原された東京駅をバックに光と音楽のショーをやっています。
丸ビル前の観覧スペースは人でうまっていました。
なかなか見ごたえのある映像(というのか、レーザー芸術?)でしたよ~。
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ぼけぼけでちゃんと写りませんねぇ。
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行幸通りには筒オブジェが並べられています。
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仲通りもいつものようにライトアップ
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みんな喜んでいて、平和でいい感じでした。節電だ何だ言っていた頃はいったい何だったのかな。来週辺りからは、宮内庁も二重橋をライトアップするらしいし。

帰りは、またクリスマスバスに乗れました。
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おおっ この前と飾りつけが違うのが来た。
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お客さんが少なくちょっと寂しいかな。
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去年はねぇ どこ行っても暗くてたまんなかったですが、都会ではすっかり人心が落ち着いています。ものも普通に動いていますし。まあ、でも、家に帰るめどもつかない人々を思うとね・・><
by itsumohappy  at 23:14 |  その他 |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

300超?

自公で300議席かとマスコミは言っていますが。この前、自にはうんざりだってことで、民になった。このときは、「政権交代」そのものが目標でした。はじめて政権についた党がうまくやれるわけがないので、いたしかたない。
また自になったら、もう民の返り咲きは二度とないような。ただ、自は昔のまま何も変わっていない気がする。安倍くんは再チャレンジを地で行くのはいいけど、もっと他に誰かいなかったんですかね。憲法改正とか、そんなのに労力使わなくても・・と思います。
維新はしんたろうのせいで、色あせました。中国の問題で、しんたろうの罪は非常に重い。早く消えてほしいのだけど。マスコミがいつまでも甘やかすのがよくない。
by itsumohappy  at 22:35 |  その他 |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

クリスマスバス

去年あたりから登場した地元のクリスマスバス。何でも16台あって、全部お飾りが違うらしい。私が去年乗ったのは、小物で埋め尽くされていましたが、今回のは大きめな飾りものが主体。車体外のCNGの四角い出っ張り部分は、プレゼント柄の赤い布で覆われていました。

日中も走っているの見かけますが、やはり乗るのは豆電球がぴかぴかする夜じゃないと。
ただ、夜だとしょんぼりした大人ばかりが呆然と見ている感じで、受けているのかよくわからない(--; まあ大人ですからね。
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乗っている間楽しかった。どのシートにもクリスマス柄のカバー、窓には雪景色シールでした。
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by itsumohappy  at 22:06 |  その他 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

モスクワ・フィルの演奏会

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ロシア文化フェスティバルの招待で、久しぶりにコンサート行ってきました~ 東京芸術劇場という、池袋にあるばかでかいホールです。
オール・チャイコフスキーの演目予定でしたが、1曲目はグリンカ「ルスランとリュドミラ」序曲に変更。あと、ヴァイオリン協奏曲と交響曲第5番。ヴァイオリニストは、ボリソグレブスキーというぴちぴちの若者でした。

フェスティバルもはや7年目。この催しがクロージングのプログラムで、日露政府双方の代表が挨拶していました。民謡やサーカス、ドンコサックなどこれまでいろいろ招待してくれたなー。来年も期待です。

この楽団ははじめてかもしれない。他に2つくらいロシアの楽団はきいているかな。チャイコフスキーコンクールのとき、バックで演奏している楽団がここだそうです。
1、2曲目、すっきりと上品な感じ~と思いましたが、第5番にきたらやはり爆音になりました。ロシアパワー全開です。大仰な曲ですよね。うん、うん、わかったよー(^^;;; って感じで、少々疲れた頭には刺激強すぎました。
by itsumohappy  at 22:46 |  音楽 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

高松山

日曜日、久しぶりにお山歩きしてきました。丹沢の里山、高松山。4時間ちょっとの歩きです。
登山口は新松田からバスで10分ほど。のんびりした雰囲気の中、登っていきます。
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午前中は、青空に太陽。紅葉の名残がありました。
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地元民の交易の道だったようで、ところどころに石仏がありました。
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ぴかぴかに晴れていたのに、頂上近くになったら一気に雲が。
大山、箱根の山々
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広々とした頂上。風が強くてじっとしておれませんでした。早々に退散して、頂上下の林のなかで昼食。
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晴れれば、どーんときれいなのですが。
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冷え冷えになったので、昼休みもそこそこにさっさと下山にかかりました。落ち葉を踏みしめながらのんびり。
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やがて農道になって、舗装道をえんえんと行きます。
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下り道、一番姿が出た富士山でこんな感じでした。
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感想。寒かった>< 風で消耗しますね。こうやって遭難するんだーなどと思ったりして。
テーピング忘れたら、かかとを擦りました・・。やっぱり合わない靴なんだなぁ。
by itsumohappy  at 22:14 |  旅行・山 |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

英国水彩画展

昨日、渋谷で、英国の18-19世紀の水彩画展を見てきました。
5時過ぎにあったわりと大きな地震のせいで、気分がざわつきましたが、4くらいでは電車も長時間停止せず、最寄り駅では年末ジャンボを売るおねーちゃんの明るい声が響いていました。渋谷もいつもながら人であふれていて。なんか、開き直った日本人て感じ・・(--)

展示会場もものすごくこんでいました。たぶん、会期終了が近いからだと思いますが。ロッカーも空いていないくらい。
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初期の水彩画は、何だかパースみたいで、ちょっとかたいかな。廃墟、湖、森、牛、舟がお約束のモチーフですね。どんよりした雲は英国らしい。水彩画はふわーっと描いてあるのが好きです。あんまりかっちりだと、塗り絵ちっくになってしまいますね。

やっぱりターナーですね。青、橙、黄色の美しさ。なんともいえないかげろうのような空気感。でも、ターナーは、記憶とメモを頼りに屋内で制作することが多かったそうです。雲の真実の姿を描いたのはターナーただひとり(byラスキン)といわれました。

絵のあとは、寿司の美登利に行ってしまった。いつものように行列で30分待ち。
何か、自分も周りものんきなものだと感じた夜のひとときでした。まーでもいつ来るかわからない地震の心配していてもどうしょもないし。あ、でも大きいのがきたら、文化村かマークシティで待機しよう、上階のほうがいいかなぁ。区役所も近くにあったなーなどと思っていました。
by itsumohappy  at 22:07 |  展示会 |  comment (3)  |  trackback (0)  |  page top ↑

帰り道。

平時なら、公示日の夜だと数寄屋橋交差点わきでどっかの党が必ずぶつところですが、今夜は銀座らしく、いつもどおり静かなものでした。ソニービルにベルリン・フィルin銀座の文字があったので、寄ってみました。

上のホールで、200インチスクリーンで見る20分ほどの映像とDSD録音とかいうソニーの技術による音のご案内。当然ながら迫力のあるワルキューレの騎行でした。クリアで深く、きれいきれい、きれいすぎな音。でも、どんなに完璧な音でも、空気のふるえだけは伝わらないですねー
ここは結構な設備なので、普段でももっと上映会してほしいな。

昔に比べて街の様子が寂しいです。ご時勢でしょう、いくらLEDでもイルミネーションは減ったように思います。
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マリオンビルも今までで一番地味くらい。
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東京交通会館の前では、寒風ふきすさぶ中、結界張って宮崎県高千穂の高校生が古事記編纂1300年記念の神楽公演。
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やはりこのくらい電飾してほしいなー。
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by itsumohappy  at 23:29 |  その他 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『わたしの山旅』

古い岩波新書を探していたのですが、見つからない。ひとつの棚の前後に並んでいるので探しにくく、面倒になって、目に付いた別なタイトルをいくつかひっぱりだして読んでいます。

『わたしの山旅』は、槇有恒氏が、若き日の山登りから後年のマナスル遠征までの思い出をつづったものです。昔の有名人が登場する前半のほうが興味深く読めました。
山登りを始めた学生時代、大正初期(1910年代)のお話から始まります。松本から馬車で島々に入り徳本峠を越えて上高地へ。当時ただ一軒の宿、清水屋に泊まったら小島烏水氏がいた。そんな時代です。

登山の服装は脚絆と草鞋。陸軍の飯盒や鍋を使い、テントはウィンパーの本を読んで作りました。そんな感じで上條嘉門次を連れて穂高、槍、薬師と縦走。帰り道、嘉門次は里に出るのは嫌だといって、また山づたいに上高地に帰ったそうな。懐中電灯などない頃です、火打石とか小田原提灯とか、火口はダケカンバとか・・何だか江戸時代の人の旅と変わらないような。
登山靴は、槇氏がスイスから持ち帰ったものを見本に広がったらしい。まあ本当に登山の黎明期の人です。

この方は、どういうお家の人か知りませんが、裕福だったのでしょう、米国に遊学したのち欧州に滞在してあちこちで山歩きを楽しんだりと、仕事もしないで?優雅な暮らしぶりです。米国で住んでいた村に、ロシア革命から逃れてきたレオポルド・アウアーが移住し、ジンバリストやハイフェッツを教えた、ある日彼ら皆がコンサートを開いたのでそれを聴いた、なんて思い出を語れるのは日本人でも限られた人ですねぇ。

イギリス滞在中、ウェストンのアドヴァイスでスイスのグリンデルヴァルトで登山することに。同地のリュックサック作り名人キスリングさんと知り合い、やはり日本に持ち帰ったリュックがその後「キスリング」となりました。
スイスの山々でトレーニングを重ね、1921年アイガー東山稜を初登攀。帰国後は、宮様方のスキーのお相手などをしたりして過ごしました。

しかし、1923年、友人2名と冬の立山に挑んだところ、連日の猛吹雪に見舞われ遭難、友人の1人(板倉勝宣)は凍死してしまいました。天候の急変に不覚をとった、途中で引き返すべきところで判断を誤ったとあります。

あと、印象的なのは秩父宮殿下との登山エピソード。23年の夏、槇氏は、殿下にとっておそらく最初である登山の案内をしました。中房から燕、常念、槍ヶ岳を天幕縦走!で、大名旅行ではなく、登山らしい登山にするため、殿下はチームの一員として荷も担がれ露営の準備も進んで為されたと・・。その翌春は、槇氏が事故った立山を希望され、内務省や富山県は反対したけれども宮内省は認めて、氏が再びご案内しました。昔の皇族やそのお側つきは豪胆というか、だいぶ今とは違います。まあ殿下は陸軍士官でしたが。その後、殿下はスコットランドやスイスの山旅もされました。最後の登山は、徳本峠から上高地、西穂から穂高、槍、小槍、笠と縦走して平湯、高山!50歳で急逝されなければ、「山の日」なんてとっくに出来てたろうなぁ。

そうそう山を歩くときの嘉門次のアドバイスは、猫のように歩け。だそうです。
by itsumohappy  at 18:20 |   |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑
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