北アルプスの写真 その1

北アルプス表銀座コースを歩きました。1日目、7月26日の写真です(中房温泉→燕山荘)。

穂高駅から車で40分ほどで中房温泉到着です。
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合戦尾根をひたすら登っていきます。第3ベンチあたりまで樹林帯を行きます。
下山してくる大勢の中学生とすれ違いました。
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合戦小屋のスイカ。1カット800円。半分でもけっこう食べがいがありました。
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合戦小屋を過ぎると景色が開けてきます。ガスの合間から槍ヶ岳が見えました。
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ハクサンイチゲ、シナノキンバイ、ミヤマキンポウゲ
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白い岩が印象的な燕岳
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辺りの砂地にはコマクサがいっぱい
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燕山荘。一番奥に見えるのは鹿島槍ヶ岳
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槍に至るこの道を次の日歩きます。
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裏銀座に落ちた夕日。今夏最高の夕日だったそうです。
鷲羽岳、水晶岳、野口五郎岳などの山々。
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夕食時、燕山荘オーナーがアルペンホルンを吹いてくれました。
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by itsumohappy  at 22:47 |  旅行・山 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

帰ってきた。

今年も北アルプスは歓迎してくれました。とりあえずの写真です。

燕岳手前から見る目的地までの稜線。あそこまで歩く!
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東鎌尾根から眺める。
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あとは登るだけ。
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4日間、行動時間はずっと晴れでした。暑かったですが、何とか歩いたよ。
帰ってきて、また抜け殻になってしまいました・・・。
by itsumohappy  at 23:50 |  旅行・山 |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

不安と期待

お天気は良さそうです。今回は気合だけでは乗り切れなさそうな気がしないでもないですが、とにかくがんばるしかないなー。最初は等高線つまりまくっているし、最後が大変そう。上高地まで20kmもあるんですけど・・>< もこもこフリースがけっこうかさばるなぁ。地震が来ませんように。
by itsumohappy  at 22:01 |  その他 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

「再稼動反対」

赤坂にほど近い、溜池山王駅の脇にある首相官邸。明かりもあまりついていない。今日夜7時くらいの様子。警官がいつもより多い以外はとりたてて変わったところがないように見えます。
はす向かいは国会議事堂です。車道だけはだだっ広い。
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毎週金曜日、車道向こうの狭い歩行スペースから、「再稼動反対」を訴えます。ここひと月くらいで、急に人が増えた感じ。官憲の規制もきつくなって、歩道から一歩たりともはみだすことはまかりならん、という姿勢が鮮明になってきました。上からも監視しています。前はそれほどでもなかったのですが。
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左奥、霞ヶ関のほうまで、抗議の列は続いています。手前の道路は一般の歩行者以外通らせない。地下鉄の出口も一部封鎖しています。左側の、道路に沿って何十台も並べた警察車両、いったいなんですかね。異様です。抗議者が、少しでもおかしな行動をしたら、押し込むつもりでいるんでしょう。
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けっこうな人出ですが、「再稼動反対」。「再稼動反対」。としずしず唱えて平和的です。抗議にもおかまいなく、政府は、再稼動し続けるでしょう。何だか再稼動しなくてもやっていけちゃうんじゃ?と国民の皆さまが思い始めているのを怖れている。
by itsumohappy  at 23:21 |  その他 |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

至仏山 (その2)

至仏山のお花です。どれもこれもぼけ気味・・・>< 歩きながら撮るからねぇ

ゴゼンタチバナ
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マイヅルソウ?
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ハクサンイチゲ
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ハクサンイチゲは好きです
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タカネバラ
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チングルマ
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キバナノコメノツメ
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イカリソウ?
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サラサドウダンかな?
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こっちがサラサドウダンかと思ったけど、ぷっくりすぼんだ感じがちょっと違うような。
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エンレイソウ。花びら飛んで、葉っぱだけ。
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ワタスゲ
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タカネシオガマ?
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シナノキンバイ。黄色は映えます。
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ハクサンシャクナゲ
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んー何だろう。。
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ウスユキソウ
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ハリブキ
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この他、コイワカガミなどがたくさん咲いていました。
冷たい風に揺られ霧に包まれて・・。でも高山植物はそんな厳しい環境が好きなんですね。
by itsumohappy  at 23:37 |  旅行・山 |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

至仏山 (その1)

14日、梅雨空のなか至仏山に行きました。尾瀬のお山に登るのは初めてです。
沼田駅到着直前。川面が霧で埋め尽くされていました。
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鳩待峠からスタート
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登りの途中までけっこうな雨。道は小川となり、木道の合間にも水がたまってぷかぷかしているところも。ゆるゆると上っていく登山道なのですが、木の根や石が滑りやすくなっていて歩きにくい。木道にはTEPCOの焼印が。東電はこれから尾瀬の整備をどうするのでしょうね。

ブナの大木があちこちに
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針葉樹の香りが漂います 
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霧に包まれたオヤマ沢田代。白い点々はワタスゲ 
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雪渓が残っていました。至仏山は、雪が積もっているときのほうが歩きやすいのだそうです。 
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樹林帯を抜け、小至仏山手前に来ると風当たりが強くなりました。雨具の上下を着て歩いていても全然暑くなりません。
木々は低くなりハイマツが目に付くように。
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幸い雨はやみ、先に進めました。どんどん石のごろごろ道になってきて、滑る滑る。気が全く抜けません。蛇紋岩という種類の岩です。 
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登頂。あたりは真っ白(TT) そそくさと食事をして下山
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元来た道を戻る途中どんどん霧が晴れて、小至仏山や会津方面の展望が開けてきました。
ぶなくら湖と谷川方面 
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手前左が小至仏山です
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再びオヤマ沢田代
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尾瀬ヶ原方面。右が燧ケ岳
思っていた以上に尾瀬ヶ原は遠くに見えます。
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遠くに鳩待峠が見えます
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日が差してきてどんどん暑くなってきました。全く、めまぐるしく天気が変わりました。
はじめ、真っ白な景色ばかりでテンションさげさげだったのですが、後半だけでも景色が楽しめてよかったです。
by itsumohappy  at 23:37 |  旅行・山 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『銃・病原菌・鉄』

ジャレド・ダイアモンド著(2000年)。著者は、UCLAロサンゼルス校教授(生理学者、生物地理学者)。 
大作です。論の裏づけとなる実地調査の記述も多く、けっこうなボリューム。ただ、精読しなくても結論部分を追っていきやすいつくりなので、とりあえず読んだ気になります(^^;

世界の様々な民族がそれぞれに異なる歴史の経路をたどったのはなぜか、世界の富と権力が不均衡な状態にあるのはなぜかを、1万3千年の人類史から解読しようというのがこの本のテーマです。遺伝学、生物学、文化人類学、言語学、文化・政治史の多岐にわたる知見から論を展開しています。

著者は、世に発展した国と未だ発展途上にある国が存在するのは、人種の生物的差異(優劣)によるものではないという立場を明確にしたうえで、地理的要因、環境が、人類の歴史に与えた影響が大きかったと分析しています。

ユーラシア大陸が、人間社会がもっとも早く発展した地域です。その理由として、
○早くから食糧生産地域であった(食糧生産を独自開始したほんの数箇所の地域のひとつ)
○家畜化可能な野生動物の原種(牛、豚、羊等14種)が集中的に分布していた(南・北米には5種類だけ)
○食糧生産を先んじて始めた人々は、他地域の人より先に銃器等の技術を発達させ、また、疫病(家畜から人間に移った病原菌)に対する免疫を持っていた
○食料生産の技術(新しい技術)は、南北方向より東西方向に早く伝わる
○食糧生産によって余剰食糧が生まれ、人口が増大した結果、労働分化や社会階層の形成が可能となった(政治機構の存在により優位に立てた)
○文字による情報伝達があった(文字が誕生するには数千年にわたる食糧生産の歴史が必要で、狩猟採集民の社会では文字は発達しなかった)

等々が挙げられています。
銃、読み書き、政治機構にヨーロッパの優位性がありました。世界史上の一大トピックという「スペインのインカ征服」にそれが見られます。ピサロ率いる168人のスペイン部隊は、4万人に守られたインカ皇帝を捕らえました。南米侵略にあたり現地の情報を持ち、銃器や騎馬の軍事技術を持っていたスペイン人に大陸の先住民は勝てなかった。
南・北米では、欧州から持ち込まれた天然痘などの疫病により、コロンブスによる大陸発見以前の人口の95%が葬り去られたそうです。

ユーラシア、なかでもヨーロッパが先んじて発展したことには、環境要因に加えて政治・文化的な要因が重要な役割を果たしています。
西アジアの肥沃三日月地帯は、農耕をリードしていたけれども、域内で帝国が次々興り、権力の中枢はその地帯から出ませんでした。アレクサンダー東征以降、より大きな権力はさらに西へ移りました。
また、中国の場合は、河川により地域の地理的結びつきが強く、技術が伝播し、早くから政治的統一もなされていたけれども、それが却ってマイナスに働いたとあります。一人の支配者の決定が、全国の技術革新などの流れを止めてしまう場合があります。例えば、15世紀初頭、中国はヨーロッパに先んじて、船団をアフリカまで送っていたのにも関わらず、15世紀半ばに国内の政治的争いにより船団の派遣は中止されてしまいました。
一方、大航海時代の欧州は全体としての政治的統一はなされていませんでした。コロンブスは探検船団派遣をかなえられる王侯を探し、4番目に訪ねたスペイン君主の助力により目的を遂げました。
地理的な結びつきが強すぎず、弱すぎず、中程度の地域で、発展のスピードが速かったというわけです。
by itsumohappy  at 13:16 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

プレッツェル

地下鉄銀座駅の通路がリニューアルされ、雑貨や洋品、お惣菜などのお店ができました。昔あった書店は戻ってこなかった。残念。

アンティアンズというソフトプレッツェルなるもののお店もできまして、いつも行列しています。今日は2人くらいだったので買ってみた。それでも15分ほど待たされた。(--) 行列するわけだ。
米国ペンシルべニア発のお店です。輸入した生地を女の子がひも作りにしてその場でせっせと焼いています。焼いても焼いても間に合わない状態。

何かが発酵するような独特の香りです。いかにも米国風の大きさ。手をめいっぱい広げたくらいあります。
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5個セット。これから電車やバスに乗るのに開きっぱなしの袋って何だか心配。こけたら中身が落ちちゃいそうです。ほこりも入りそうだし。
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何十分も行列してまでなかなかものを買う気になれませんねー
でも、あんなに並んでいたクリスピークリームドーナツや堂島ロールも今は普通に買えます。お客さんは移り気ですね。
by itsumohappy  at 22:47 |  菓子 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『グランドジョラス北壁』

小西政継著(1971年)。
今読んでいる本があまりに重くて持ち歩くのが疲れるので、電車での読書用に、このような薄めの文庫本を納戸の棚から適当に探して読んでいます。

登山家って日本人でも外国人でもほとんど知りません、この方も知りませんでした。社会人の山岳会「山岳同志会」に属して先鋭的な登山や岩登りで活躍した方です。

この本は、小西氏ら日本隊が1970年12月に行ったグランドジョラス・ウォーカー稜冬期登攀11日間の記録です。イタリア、フランス隊に続き第三登となりました。小西氏をはじめ何人かは、凍傷で足の指を失くすという犠牲を払っています。

岩壁を征服できるなら指くらいくれてやろうみたいに書いていて、そういう激しい闘争心にちょっと引いてしまうというか、理解しがたいような、どうしてわざわざそんな苦しい思いをしてまで・・と私なぞは思ってしまいます・・。

氏は、なぜ山へ登るのかとか一度も考えたことがないと言います。そして、心身をすり減らすような闘いによって自分の弱さに打ち勝つことができ、そのような冒険が人間として生きる喜びと生きる価値を教えてくれるのだと書いています。

岩登りのやり方や用語がよくわからなくて、登攀のシーンでもどれほど困難な部分なのか、あまりぴんとこなかったのがちょっと残念でした。
by itsumohappy  at 22:28 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

フウラン

フウランが咲きました。
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真っ白です。夕方になると香ってきます。
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アガパンサスも次々開花
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ネジバナ。小さなランです。
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クリーム色のユリはひとつだけ咲いた。
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梔子も純白でよい香りの花です。
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雨の七夕です。たいてい雨ですね。午前中は、曇ったり晴れたり。安定しません。
九州のほうは大雨ですが、こちらはいつもより雨が少ないような気がします。

by itsumohappy  at 17:09 |  花・木 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『槍ヶ岳開山 播隆』

穂苅貞雄著(1997年、増訂版)。
穂苅氏は、槍ヶ岳山荘の2代目主人です。先代の三寿雄氏の研究書に新資料を加えて書き改められた本です。『行状記』という古文書をもとに、槍ヶ岳を開山した播隆上人(1786-1840)の生涯・功績が記されています。

播隆さんは、15歳の時、穢れた現世を離れて修行したいと念願し19歳で出家しました。浄土真宗、日蓮宗、浄土宗のお寺を転々とする間、寺院の堕落を見て、清浄静寂の地で独り断食するなどの修行の道を選びます。当時の寺院は、檀家制度の定着により経済的に安定し、修行をおろそかにする僧が多かった。そのため、信仰の革新運動が起こり、民衆の中で活動する念仏僧が現れていました。播隆上人もそのような念仏行者の一人です。美濃を中心に、信州、飛騨、尾張などで信者に迎えられて念仏講を結びました。天保の大飢饉時には、凶作坊主扱いされることもありましたが、上人が説法すると暴徒は皆ひれ伏したといいます。
 
上人は1823年、笠ヶ岳を再興し、その名を高めます。登山道を整備し、道標とする石仏を立て、浄財を集めて阿弥陀仏を安置しました。笠ヶ岳から槍ヶ岳を眺め、開山を決意。案内人とともに、当時工事中の飛騨新道を利用して1826年、槍ヶ岳登山を試みました。このときは、登路偵察に終わりましたが、翌翌年には、頂上をきわめ、阿弥陀仏などを安置しました。信者とともに登山し、ご来光(ブロッケン現象)を仏の出現とみて歓喜しました。より多くの人々が登れるように、4回目の登山で藁綱を、5回目で鉄鎖を頂上の下につけました。鉄鎖は57m分もあり、信者が包丁、鎌、鍬などを寄進して美濃の関で作られたそうです。

槍ヶ岳登山講は、維新の神仏分離令で廃れてしまいました。しかし、今でも愛知や岐阜県下で、生涯木食だった上人をしのび、上人筆の六字名号軸を掲げて行う念仏講(播隆講)が続いているところがあります。

私は未読ですが、新田次郎の小説『槍ヶ岳開山』では、上人は百姓一揆のどさくさで妻を刺し殺したのがきっかけで出家したことになっているとか。それがあたかも史実の如く一般に思われているのが残念とありました。
by itsumohappy  at 23:05 |   |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

美ヶ原の写真

30日、バスツアーで美ヶ原に行きました。どのへんかあまりよくわからず申し込んだのですが、横浜からは遠かった…><  長野まで行くとバス乗っている時間が長くって。日帰りツアーは、山梨や静岡までがいいとこかも。中央道に出るまで、高井戸あたりの渋滞が酷かったです。中央道もはじめはのろのろ。談合坂PAに入るのに行列。トイレにも行列。。さくらんぼ狩りツアーやらどこぞの温泉ツアー、富士登山ツアーなどなど入り乱れていました。1年前と違い、みな普通にお出かけしています。

諏訪からビーナスラインを上がっていきます。
八ヶ岳方面。左が蓼科山
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どこまでも広がる大地。牛がのんびり
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霧が出たときに鳴らした鐘
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空気が澄んでいれば360度の山岳風景を楽しめる場所です。残念ながら今の季節はもやもや‥
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王ヶ頭が最高地点
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松本方面。乗鞍らしきものが見えました。北アの峰々もうっすら。
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王ヶ鼻までの道はレンゲツツジがきれい
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寒がりの私は襟巻きなど防寒具持参したのですが、暑かったです。日焼けしてしまいました。
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車窓から霧ヶ峰。ここもレンゲツツジが。
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帰りの道路は比較的順調。でも9時半になってしまった>< 
バスは2人運転体制でした。日帰りツアーではあまりないですね。最近の方針?を受けてかな。
by itsumohappy  at 22:40 |  旅行・山 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

半夏生

半夏生のころ葉っぱが白くなります。
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花穂がつかないと、葉っぱが白くなりません。
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葉っぱが伸び伸びのフウラン。今年は花茎が3本つきました。もう少しで咲きます。
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アガパンサスが開いてきました。
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アジサイも終わって、お花が少なくなってしまいました。あとはユリが少し咲くくらいかな。
by itsumohappy  at 22:38 |  花・木 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑
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