『入れ札』ほか

菊池寛の短編をいくつか読みました。『勝負事』、『三浦右衛門の最後』、『忠直卿行状記』、『藤十郎の恋』、『島原心中』、『仇討三態』、『大島が出来る話』、『若杉裁判長』です。菊池寛、『父帰る』とか、昔教科書に出ていた短編を読んで以来かも。あ、『真珠夫人』は読んだな(^^;

少し前の文藝春秋に、松本清張の菊池寛に関する講演が出ていました。
苦労人の菊池寛は、人生の悲喜こもごもを経験し、それが小説にも反映されている。そんな菊池は、漱石の『こヽろ』を、頭で考えた小説であると批判した。また、芥川には生活から出た経験がなく、次第に才能が枯渇して衰弱した。 
・・といった内容です。

たしかに、『大島が出来る話』など読むと、人生の悲哀が感じられます。O・ヘンリとかチェホフのお話を思い出します。菊池は、自分の身辺のことをそのまま生で書かないで、ほかの題材にすりかえて、より効果的に書く才能があったそうです。

『入れ札』は、落ちぶれた国定忠治が、最後に子分を入れ札(互選)で選ぶという話です。自分の名前を書いてはいけないのに、書いてしまった古株の子分が味わう屈辱。これは、実際に文藝家協会の理事の互選で起きた事件をもとに書かれたとか。長老(でも落ち目)の作家が、後輩の新進作家に理事の席を奪われそうになり、自分の名前を書き、そしてそれがあとでわかってしまった・・という事件です。

菊池は、他にもたくさん短編書いています。青空文庫でも読めるし、ちょっとした時間に楽しめそうです。『忠直卿行状記』のような歴史ものも味わいがあります。
by itsumohappy  at 23:55 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『カンディード』

ヴォルテール作(1759年)。

かなり前に宮本亜門がこれを劇化したのを、券もらって観に行ったことがあります。・・・全然面白くなかったことしか覚えていません><

倉庫の、煮しまった岩波文庫本の中にあったので、薄いのが気に入って読んでみた。昭和31年発行定価80円。紙が焼けまくってほとんどゴミ・・に見えましたが、中身はあった!意外に面白かったです。
なんでも、18世紀ヨーロッパのベストセラー中2位だったそうです(1位は『新エロイーズ』)。訳者の解説に、当時の支配階級に受け入れられていたライプニッツの楽天主義(すべては最善に仕組まれている、という現状肯定主義)を批判するために書かれたとあります。

楽天主義者カンディードの冒険譚。戦争に明け暮れる世で、ありとあらゆる理不尽な目に遭ってもうまいこと世界を流れ流れて、憧れの元姫君と安息の地?に落ち着くというストーリー。そのなかでの哲学談義が印象的です。現代に通じるものがあります。
パングロス先生が、「個々の不幸が一般的な幸福をつくるのです。だからして、個々の不幸が多ければ多いほど、すべては善なのです。」とか「人間がエデンの園におかれたのは働いてこれを耕さんがためであった。これすなわち、人は休息のために生れたるにはあらず、という証拠だ。」などと語ります。
読んでいて、楽天主義も決してわるくはないなぁとも思いました。
by itsumohappy  at 22:19 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

アルペンルートなどの写真 その2

18日の写真です。
6時半に宿を出発。連休中日、なんでも8時時点で観光バス200台が集結!ということで、その前に扇沢に入るべく早め出立です。どんよりだった空は扇沢に着くころには青空に!奇跡的展開に大喜び。

うん十年ぶりに見る黒部ダム。昭和31-38年にかけて建設されました。
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フレームに全然おさまらない・・
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このダムの下、十字峡の先に地下式の第四発電所があります。だから黒四ダム。パンフに、黒四建設は、関電が社運を賭けて挑んだ大プロジェクトとあります。工事費513億円、延べ1000万人の労力が投入されました。

説明を読みますと・・
戦後の経済復興に伴い、電力不足が深刻となり、昭和26、27年には関西地方で長期の電力使用制限が行われました。当時の大火力発電は、電力需要に対する出力調整がすぐにできなかったそうで、第四発電所の建設が決定。大町の外れに建設事務所を置き、ダム作りのための大町トンネル掘削が始まりました。今、観光バスが走るアルペンラインは資材を運ぶ道だったのですね。大町トンネル(関電トンネル)堀りの水抜きは困難を極めたとあります。

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黒四の最大出力33.5万kW。といってもよくわかりませんが。ちなみに、福島第一原発1号機(昭和42年着工、46年運転開始。工事費約390億円)が46万kWでした。(2号~5号機は各78.4万kW、工事費約560~900億円)

ダムを通り過ぎて黒部ケーブルカーで黒部平に出ました。ここからロープウェーです。
立山のおなかに四角い大観峰の駅が見えます。
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大観峰からの眺めは最高でした。
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この後は、立山トンネルトロリーバスでいよいよ室堂へ。
立山の主峰です。右から雄山、大汝山、富士の折立
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みくりが池と別山。別山の後に剣がちょこっと見えます。
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別山と真砂岳(たぶん)
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右が浄土山
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地獄谷。この日はガスの噴出が多くて警報が出ていました。
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雷鳥沢方面
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大日岳(たぶん)の向こうは富山の町と日本海
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地獄谷上がったところに雷鳥さんが!子どもはけっこう大きくなっていました。ほとんど親と同じ大きさです。室堂周辺には200羽程度いるそうです。
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みくりが池一周で1時間くらいです。
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立山道路を下りました。弥陀ヶ原の景色も雄大でした。
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もと来た北陸自動車道を通り、姫川沿いを南下します。
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親知らず、一振付近です。このへんは、芭蕉も歩いたところ。昔の道は、今は海の下になってしまったそうです。
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雨が降ったり止んだり。火打、妙高、黒姫、戸隠、飯縄といった山が雲に見え隠れ。
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時間があったので、長野インターで下りて、川中島合戦の跡地を見学しました。第4次川中島の戦いで信玄の本陣があった場所だそうです。

右の台形の山が謙信の陣があった妻女山。中央左の丸い山は姥捨山
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信玄・謙信一騎討ちの図
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お山にいるうちはお天気でよかったです。アルペンルート行って何も見えなければ全然意味ないですからねー 来年は立山三山を登ることにしましょう。
by itsumohappy  at 18:13 |  旅行・山 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

アルペンルートなどの写真 その1

17日の写真です。
長野新幹線で上田下車、バスでえんえん大回りして宇奈月に向かいました。北陸自動車道はトンネルばっかり。山をぶちぬきまくったって感じです。

車窓から見る田んぼは黄金色でした。
妙高山
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昼頃宇奈月到着。トロッコ列車に乗りました。もともと関電の黒部川電源開発工事のために作られた鉄道です。今でも発電所関係のお仕事道にもなっています。
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冬場、トロッコは運休します。雪で外を通れないので、お仕事の方々は、コンクリートのトンネル道をえんえん宇奈月から歩くそうです。やっとすれ違える程度の狭い道です。ところどころに空気穴みたいのがあります。
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発電所があちこちに。川の上流へ、上流へと開発していったんですね。電線がたくさん目につきました。
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これは黒部川第二発電所。
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木々がうっすら色づき始めました。もう半月も経つとだいぶ違うでしょうね。
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道も無いような、けっこうな高さのお山の端々に送電の塔が立っています。
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乗車約1時間。鐘釣で下りて少しお散歩しました。だんだん雨が強くなってきました><
下の部分に、昔は真夏でも雪が残っていたらしい。
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河原露天風呂。河原をあちこち掘ると、お湯が湧き出てきます。
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もと来た道を戻って宇奈月へ。その後、白馬村に移動して五竜のゴンドラ近くにあるお宿に泊まりました。
町中の黒部川です。
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一日どよよーんとした天気でテンション下がってしまいました。
by itsumohappy  at 22:29 |  旅行・山 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

後立山

土日、「立山黒部アルペンルート」にバス・電車ツアーで行ってきました。子供のときに行ったきりで本当に久しぶりです。土曜は曇り/雨だったので、アルペンルートはもしかしたら何も見えないかも><とあきらめていたのですが、日曜日、後立山はまたしても我を歓迎してくれました~

大観峰からの眺めです。手前が黒部湖。右の一番高い山が針ノ木岳。その左がスバリ岳、スバリの左肩にほんの少しだけ見える三角が蓮華岳。カーブの先、左が赤沢岳。扇沢に抜ける「針ノ木隧道」(関電トンネル)が通っています。
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左から五竜、鹿島槍。右のぎざぎざは爺が岳。
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何か、写真がきれいに撮れない・・実際はもっとみずみずしいのですがー><
by itsumohappy  at 17:59 |  旅行・山 |  comment (4)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『強力伝』

新田次郎作。1951年に雑誌の文芸賞に入選した処女作だそうです。のち直木賞を受賞しました。
中学生の頃に読んだきりで、内容はすっかり忘れていました。花崗岩で作られた50貫(180キロ強)の風景指示盤を白馬の頂上に運び上げた富士山一、いや日本一の強力の物語。簡潔で清明で、気持ちのよい短編です。

私は白馬に2回登っているのに、当時、指示盤のことは知らなくて、たぶん見てはいるだろうけれども覚えていません。雪渓はもとよりそこから先の岩場をそんなもの背負って登ったなんて・・。指示盤作った人は、もう少し考えて石彫ったらよかったのに、なんて思ってしまいます。

富士山からわざわざやってきた強力に、はじめ、面白くない思いを持ち、冷ややかに接していた地元の強力が、徐々に気持ちを揺さぶられて、「これこそ強力の魂ではないか」と感嘆する場面がよいです。

by itsumohappy  at 22:59 |   |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『バラバ』

ラーゲルクヴィスト作(1950年)。

暑くて、昼休みに図書館まで遠征するのがおっくうなので、家の倉庫(という名の納戸)にある古い岩波や新潮の文庫本を適当に出してきて読んでいます。厚さで選んでいます(^^;
ラーゲルクヴィストはスウェーデンの人です。ノーベル賞作家。んー知らなかったです。。バラバは、聖書に出てくる盗賊ですね、土壇場で死を免れた。あまり面白くなさそうな本だなぁと思っていて、読まないままでした。

生き延びたバラバのその後、がストーリーです。はじめのほう、やはりあまり面白くないかも?と思いながらものろのろ読んでいました。薄い本ですぐ終わるかと思いきや、案外内容が深いのでそれほど早く読めない。かといって、難しい用語が並んでいる文ではなく、平易でわかりやすいです。

神の子と偶然関わったバラバを通じて、人間の孤独、葛藤、迷い、救いを求める心、隣人愛などが語られます。押し付けがましくない描写がよいです。主を信じ、魂は救われましたみたいな安直な展開ではありません。私はキリスト教信者ではないので、ぴんとは来ませんが考えさせられる小説です。
by itsumohappy  at 23:11 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

十五夜

うーん 私のカメラではこんな風にしか写らないなぁ
鏡のようなお月さまが見られました。
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最近暑さがぶり返したけれど、朝晩ふく風はやはり秋風ですねー。
by itsumohappy  at 23:58 |  その他 |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

10年。

10年前の9月11日、私はモニュメント・バレーにいて、ジョン・フォードがロケしたところで写真を撮ったりしていました。朝、出かける前に見たTVで何だか異変が起きたのは知っていましたが、昼食時にレストランで見たTVではちょうどこんな感じ↓の映像を流していてびっくり。夜のニュースではビルがなくなっていました。
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初めて米国に行ったのは93年。マンハッタンから見えたこのビルに寄りたかったのですが、怖くて行かれなかった。その年、やはり反米テロリストがここに爆弾を仕掛けて死者が出ていたからです。

いまだにどうしてここまでひどい目に遭わなければならなかったのかわからない。
当時、LA空港で買った雑誌を10年ぶりに見た。米国が受けた衝撃、人々のやり場のない怒りがひしひしと伝わってきます。
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ビンラディンはめでたく死んだ。よその国に殺人部隊を送り込んで、殺しの中継を閣僚が見守るってどうよ?と思ったけれども、しかたない。
9.11で世の中は変わってしまいました。米国にはこの時以降、行っていません。
by itsumohappy  at 23:56 |  その他 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『三陸海岸大津波』

吉村昭著(1984年)。

早いもので半年経ちました。日々新聞に出る行方不明者数は、そろそろ4千を切りそうです。死者と合わせると2万人弱。被災地はまだまだがれきがいっぱいだし、原発事故も収束しないし、このまま今年は過ぎてしまうのでしょうか。今夜、関東に突き上げるような揺れがきました。震源は千葉。最近、千葉、茨城、福島あたりが震源の地震が頻繁に起きます。関東が壊滅する日は近いのかまだ先なのかわかりません、考えてもどうにもならない。せめて、人々が空しく死なないようにこれまでの経験が生かされなければと願うのみです。

『三陸海岸大津波』は、『海の壁』(1970年)を改題して出版されたものです。吉村氏は、三陸沿岸を歩くたびに目にする防潮堤の異様な印象に触発され、地元の津波体験者の話や記録をもとにこれを記しました。

1896年や1933年の地震の直前、沿岸各地では、前例がないほど大漁だったそうです。そして、津波襲来前には、微生物の異常発生なのか海に発光現象があったとか。大震災の前には何らかの予兆があるのは本当なのでしょうか。1933年の津波をきっかけに、住宅の高所移転が始まりましたが、年月が経つうちに津波の記憶が薄れ、人々は次第に海のそばへ戻って来たとあります。まれにしか来ない津波の為に、漁業者は日常生活を犠牲にできなかった。

吉村氏が取材した町のひとつである田老町では、33年から防潮堤の建設を開始し、高さ約10m、上辺の幅約3m、総延長約2.4キロの「日本一の防潮堤」ができました。「津波は・・必ず今後も襲ってくる。しかし、今の人たちは色々な方法で十分警戒しているから、死ぬ人はめったにないと思う」と、明治、昭和、チリの津波を経験した人の言葉が紹介されています。明治の津波からチリの時まで、死者も流出家屋も減少傾向にあり、昔と違って今は様々な対策がなされている、というような筆致に心が痛みます・・。東日本大震災では、田老町には防潮堤の倍ほどの津波が押し寄せ、町は無くなってしまいました。今回の犠牲者数は、明治三陸津波時の2.6万人強に匹敵します。

未曾有の自然災害には、実のところなすすべもない。いかに逃げきるか、ということしか考えられませんが、「てんでんこ」といっても、自分の身だけを考えて本当に逃げられるものなのか、想像できないです。
by itsumohappy  at 21:57 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

棒ノ折山

棒ノ折(棒ノ嶺)山(969m)に行きました。今日は暑くてあえぎながらのお山歩き。それでも登りは白谷沢からだったので、沢にいる間は涼しい。水量が多くて、ところどころ水に浸かりそうでした。

上へ行くにつれ、水の勢いが激しくなりました。
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奥多摩あたりにありがちな、片側植林・もう片側自然林の道を行きました。尾根筋にはいい風がときどき吹いていました。
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岩茸石だったか、にょきにょきした大きな岩がでーんと道のまんなかにいます。
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頂上は北側の展望が開けています。といっても今日はもやもやの空で遠くは見えません。表示板には男体山や赤城山も載っていました。
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中央奥のうっすらとしているのが武甲山、その左が大持山。
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帰り道。明るい自然林を歩いているととても気分がよいです。
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ザックに杉や檜の香りがつきました。
by itsumohappy  at 22:29 |  旅行・山 |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『ゴーストライター』

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ポランスキー監督の新作です。監督、78歳になるんですねー
映画館で映画を観るなんて何年ぶりか思い出せないくらいです。たまたま、この監督の『戦場のピアニスト』が最後だったかもしれない。

文字通り、ゴーストライターが主人公のお話です。普通のサスペンス映画かと思いきや舞台仕掛けがえらく壮大というか大げさで、米国のドラマ『24』みたいです。米国のどこの地方かよくわかりませんが、雨風吹き荒れる暗い島の描写が印象に残ります。もしかしたら、ひねったコメディなのか風刺映画なのかとも感じられます。

うーむ。面白く作ってはあるけれど、そもそもの設定にあまり関心がもてなかったってところでしょうか。いや、それでも『ローズマリーの赤ちゃん』や『チャイナタウン』などよりは楽しく観られます。
by itsumohappy  at 23:57 |  映画 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

休日

今日は休みでした。映画観た後、築地で昼食。なんかとっても暑かったです>< 
築地や銀座にお寿司屋さんたくさんありますが、やっぱりランチセット3,000円前後ですむ店に入ってしまいます。普段のお昼で外食しても千円も使わないし‥。お寿司好きなんだけどねぇ。銀座の次郎とかそりゃー行ってみたいけれども昼でも5千円位はするんだろうなぁ。

本願寺にはじめて入ってみた。がんばろう日本。はい。
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ステンドグラスなどがはめてあるユニークな寺院です。3.11震災時には一時避難所になって、炊き出しもあったそうです。
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場外に行ってもがんばろう日本。本当に、がんばろう&節電の日々です。 
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昼に歩くと気づくのですが、駅や商業施設のエスカレーター・動く歩道がけっこう止められています。お年寄りなど困っているのではないかな。

by itsumohappy  at 22:49 |  その他 |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『「富士見」の謎』

田代博著(2011年6月)。著者は、富士山を見ることに地理学者としての情熱を注ぎ、富士山可視マップソフトまで作成している先生。富士山が日本のどこからどの程度見えるかをひたすら検証した本です。

最遠望地は、322.9km先の和歌山県色川富士見峠(那智勝浦町)。最北は福島、最南は八丈島から見えます。見える範囲で近畿随一は、三重県から。意外ですね。大峰山脈の山上ヶ岳からダイヤモンド富士が撮影されています。計算上、富士が見える可能性のある地域で、証拠写真がないところは京都だそうです。

著者も指摘しているように、神奈川県民には富士山は身近な山です。ちょっと高いところに上がればたいていの場所から見えるといっていいくらい。冬場、私は、真っ白富士を見るのが毎朝の習慣です。
 
都心で富士がよく見えるビルや路上の案内が詳しいです。乗り物から見える富士も解説していて、当然、東海道新幹線からの景色をあげています。新幹線からくっきり見えるときは案外少ないというのが私の印象です。何故か言及されていない、富士急行線からの眺めもなかなかだと思います。
by itsumohappy  at 23:57 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『戦場をかける犬』

アンソニー・リチャードソン著(1960年)。作者は第一次大戦で活躍したパイロットでもあります。77年の翻訳です(文藝春秋)。当時世界的なベストセラーになったとあります。倉庫あさっていて、面白そうだったので読んでみました。

私の大好きなわんこ物語。実話だそうです。1940年、マジノ線付近で民家にうち捨てられていたみなしごのシェパードと、祖国を捨ててフランス空軍に入隊し日夜出撃するチェコ人のご主人。「アンティス」と名づけられた犬は、主人のヤンとともに戦地をかけめぐります。時には撃墜・撃沈され、捕虜にもなりますが何度も危機を切り抜けます。次第に双方は、互いになくては生きていけない、かけがえのない存在になっていきます。世の中、人間同士が殺し合っているのに、人と犬がここまで深く互いに理解しあえる。そこが多くの人々の感動を呼んだ点でしょう。
主人の命令はもちろんのこと心までも読め、敵機の音や敵兵の区別までちゃんと理解するアンティスが、もう本当におりこうで、ちょっと信じがたいくらいです。

戦後、ヤンは祖国に帰還してそれなりの地位を得ますが、共産党ににらまれ、粛清を察知しアンティスとともに決死の脱出を図ります。最後までスリリングで楽しめました。古い本なので、今は絶版かもしれません・・。

by itsumohappy  at 22:16 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

富士山の写真 その2

8月28日の写真です。
3時半起床。4時過ぎには朝食でした。何か、気持ち悪くてほとんど何も食べられず・・。頭もじんじん。小屋の空気が淀んでいたせいもあるかな。こんなんで歩けるのか心配になりました。

5時くらい。ご来光も何とか見られてよかったー 
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丹沢の山々。右が大山です。
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5時過ぎスタート。深呼吸しながら登っているうちに幸い気分は良くなってきました。富士火力総合演習の音を聞きながら、ゆっくりゆっくり進みました。

だんだん霧霧モードに><。吉田ルートとの合流地点は身動きとれないくらい人いっぱいでした。
8合目を過ぎると、道脇に転がっている人たちが増えます。心肺がけんめいに働いているのが感じられました。
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頂上直下に来ると渋滞。ゆっくり歩けて私には幸いでした。。。
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本物の浅間神社にやって来た。やっぱりお札は買わないと。
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お鉢めぐりスタート。中央奥の富士山測候所わきにある剣ヶ峰を目指します。
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お鉢の周りは3キロくらい。案外小さいですね。ところどころ、ゆるい登り部分があります。普通だったら何でもない傾斜でも、ここでは結構こたえました。
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噴石の層が見えます。富士山てっぺんの縁を歩いていると思うと感無量~
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剣ヶ峰直下でも行列。やはり最高地点で写真撮りたいもんね。
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あれ?二等三角点なんだー 
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須走ルートに戻って下山開始。辺りはどんどん真っ白になってきてしまいました。下山道は砂走りを行きます。
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だんだん足がよれよれになってきて、うまく歩けません>< かかとから砂に突っこむようにしてざざーっと歩きます。ところどころ、石が埋もれていて足がひっかっかる時もあるので、意外に神経使います。慣れている人は飛ぶように下りていきます。

フジアザミ
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樹林帯を抜けてスタート地点に。
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3時半過ぎ、無事終了しました。長い一日でした。富士山のてっぺんまで登った!今回はそれで満足です。
筋肉痛はいつもの山歩きのときより長引きました(--) ある程度落ち着くまで3日位かかりました。

富士山ってたぶんつまんない、って思っていて、実際どうだろうと行ってみたわけですが、すごい山でした。いろんな歩き方ができるし、樹海とか周りの自然も特異です。また行きたいです。

by itsumohappy  at 22:16 |  旅行・山 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑
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