富士山の写真 その1

27~28日、とうとうはじめて富士山に行ってきました。曇り/晴れの予報でしたが、予想以上にお天気に恵まれず(TT)・・ 雨/曇り/ごくわずかに晴れでした。でも三角点まで行ってお鉢も一周できましたので、満足です♪ 須走ルートで標高差900m+900m、合計で登り約7時間、下り4時間でした。

27日の写真です。須走口5合目。人少ない・・。スタート時は結構な雨でした>< 
110827iriguchi.jpg

はじめは樹林帯です。
110827jurin.jpg

カニコウモリ 
110827kani.jpg

オンタデ。氷河期を経ていない富士山にはハイマツがないそうです。オンタデばかり。
110827tade.jpg

ウドみたいのとアキノキリンソウ 
110827kirin.jpg

トモエシオガマ 
110827tomoe.jpg

やがて開けたところに出ます。脇に須走ルートの下山道が見えます。荒涼たる風景。それほど寒くなく(といってもずっと止まっていると寒くなりますが)風もあまりなかった。
110827hiraketa.jpg

8合目の大陽館に泊まりました。ここで3000m弱。頂上まで見えました。
110827daiyo.jpg

富士山はあらゆる物価が高いですねぇ。水500ml525円。都心に近いし、曇っていてもブルドーザーで荷揚げできるのに。
夕方少しだけ晴れ間がありました。
110827kumo.jpg

ここは真東を向いていて、お日さまがあれば、夕方、雲海に映る富士の影が見えるそうです。見たかったなぁ。17時に夕食。18時過ぎにはもう寝るしかないという・・外も寒いし、荷物整理してとりあえず横になりました。周りには既に寝ている人たちも多かった。頭の奥のほうが何だかじんわりしてきて、とても心配でした。眠くなるわけでもなし、寝ながら必死に深呼吸(--)。頭痛のときは体起こしているほうがいいかもしれませんね。0時頃になると大勢の人たちが出発準備でにぎやか(^^; 外に出たら、小屋の下から頂上までヘッドライトの列が延々と!頂上でのご来光を見るために登る人たちです。富士山ならではの光景ですね。風がなく、星も少し見えて、歩きやすそうでよかったです。

by itsumohappy  at 23:27 |  旅行・山 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

降りませんように・・

明日は久しぶりの修行です。
こんなに大雨で、土砂崩れでもあるんじゃないかと心配です。でも行っちゃうもんねー 気合で歩きます。
寒がりなので、セーター、フリース、マフラー、ホカロン、手袋・・とやっていると荷物がどんどん膨れてぱんぱんになりました。
by itsumohappy  at 21:51 |  その他 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『終わらざる夏』

浅田次郎作(2010年)。
1945年8月18日に始まった、千島の最北端・占守島での戦いを運命づけられた兵隊たちの物語。

43年5月のアッツ島陥落により、米軍がアリューシャンの島々をたどって来襲するのに備え、北千島には満州から陸軍最強の戦車部隊が配置されていました。44年後半から翌年にかけて、北千島の航空部隊・海軍艦艇のほぼ全てが本土決戦のため転出し、占守や幌筵島には陸上兵力だけ残されました。彼ら関東軍の精兵を動かそうにも手段がもはやない、という状況が物語の背景。そして、3人の主な登場人物はみな、戦局の悪化により根こそぎ動員された一般人という設定です。主人公の一人は、年限ぎりぎりの45歳と11ヶ月で召集されます。

浅田次郎らしい浪花節的ノリ?がもちろん出てきますが、この本で印象に残るのは、徴兵された人々やその家族の嘆き、徴兵事務に携わる人々の苦しみを描いている部分でしょうか。 大本営の参謀が作った動員計画書に基づき、聯隊区司令部下士官が書いた召集令状を村役場の兵事係が家に届ける。そして、赤紙をもらえば、おめでとう、と言われて出征です。

著者は、この本の執筆に当たり、資料は読んだが当事者にはあえて会わず、許される範囲で「物語」にしたそうです。しかしながら、現実が悲惨すぎるので、浅田節は抑えて、ひたすらリアルに展開したほうがよかったような気もします・・。ソ連兵の魂が飛んで日本の子を助けるみたいな部分など何だか違和感ありました。ポイントとなるH・ミラーの小説も戦後出版されたものでは?と思うし。

戦争は終わったはずなのに、占守島で孤立無援の戦いを強いられ、「武装解除」後に捕虜となった日本兵は、シベリアに送られたそうです。兵隊でもずいぶん運に差があるものです。
私の大叔父は老兵だったのですが、自分は跡取りで家には寄る辺のない年寄りなどだけ残されて・・みたいに訴えたら、ほどなくして上官がなんと家に帰してくれたそうです。華々しく出征した手前、恥ずかしくてすぐ帰れず、奥鬼怒あたりの温泉場にしばらく潜伏?したのち、帰還しました。最寄り駅に服を持ってこさせてトイレで軍服から着替えたという、ちょっととほほ・・な感じですけれど。そういう幸運な人もいたのですが・・。
by itsumohappy  at 22:59 |   |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

茶箱

今月の稽古は四ヶ伝のうちの盆点でした。その後、風炉のまま柄杓を使って茶箱。幸い、茶箱の点前は教科書があるので、家でも復習してみよう、と久しぶりに今日は茶箱を発掘しました。少なくとも5年は触っていません。開けると何だか古いにおいがしました・・>< では、昨日の復習~と準備しようとしたら茶巾がどうしても見つからない。全部どこかへいってしまいました。いったいいつから無いのかなぁ。前回使ったのが思い出せないくらい、家では稽古の復習していなかったのでした。。

結局、茶巾は適当な布で代用。次に、お盆の向きがどうだったか忘れてしまって>< 5つの切れ込みの1つだけが向こう正面になればいいんだったか・・
110820hako.jpg

ままごとみたいで、茶箱は嫌じゃないのですが、なかなか覚えられない><
110820hako2.jpg

・・ふくさがうす汚れているので、洗っちゃいました。先生ごめんなさい。
by itsumohappy  at 22:20 |  その他 |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『茶の湯の宇宙』

小堀宗実(遠州茶道宗家家元)著(2011年)。
茶の湯のあり方や美意識について、お茶を知らない人にもわかりやすいように解説したエッセー。

日本文化の集大成を、五感全てを働かせながら感じ取るのが茶の湯です。茶の湯の宇宙は2畳の空間でも成り立ちます。そこでの一座建立には、主客の交わりが第一。客を招いたら、相手を受け入れながら自分の考えを明確に示すのが上手な亭主ぶりである。もし客が集中できていなければ、お茶に気持ちが向くよう悟ってもらう雰囲気を無言で伝えられるような迫力がなければならない。また、普段の稽古できちんと型を身につけ、本質を把握したのちに自分なりの創意工夫を加えて発信することが大事である、などと説いています。

・・・そんなところまで全然修行できていません>< 目先の自分の動作で頭いっぱいです。そもそも、普段の稽古を何の目的のためにやっているのか忘れていること多いし。頭ではわかっていても、道は遠いですねぇ。

「織理屈、綺麗キッパは遠江、お姫宗和に、ムサシ宗旦」という狂歌があるそうです。織部は理屈っぽい。小堀遠江守は綺麗さびのきっぱり、宗和はお姫様好み、宗旦はむさい。この歌にあるように、「潔よさ」が遠州流の特徴のようです。今の瞬間自分の出せる最高のものを思い定める、つまり、さっと感じ取ったらさっとやってみる姿勢です。遠州流では、濃茶点てるとき、原則として、一度で適量と思うお湯をそそぎます。他の流派みたいに、湯を足し入れない。確かに、私がいつもやっているみたいに、お湯足りないかなー練れているかなーと、もたもた点てているのは、かっこわるいですねぇ。最近はすぐ足も痛くなるし、何だか精神修養には程遠い状態です。><
by itsumohappy  at 23:56 |   |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『まいにち富士山』

佐々木茂良著。5~6月から11月の間、天候が許す限り、毎日、富士登山している著者が、その体験と登山のノウハウをあれこれ語った本(2011年)。

神奈川県で中学校教諭や養護学校校長を務めた著者は、『強力伝』に惹かれて定年後に登山をスタート。富士山には、1年目の2004年に41回登り、執筆時で、通算登頂回数819回を達成したとあります。
富士山に登ったことのない私は、富士の登山シーズンが7、8月ということも知りませんでした。昨年は、そのシーズン中、約32万人!が来たそうです。シーズン外に登る人もいるので、著者の見立てでは登山者は、年60万は下らないのではとあります。

私は、はじめて、今夏、富士山行く予定なので、歩き方のこつなどをチェック。著者は、登りの難儀さを紛らわせるために、一歩一歩念じる気持ちで歩くそうです。「お・か・ね」とか「ね・ん・き・ん」、或いは妻の名前などいろいろつぶやいて、それぞれの効果を検証しています。また、高山病予防の秘訣は、車利用の人の場合、駐車場到着1時間前から車の窓を全開にしておくことだそうです。

単独で何百回も登っているので、失敗談もあります。11月の登山で風に飛ばされて肋骨にひび。-15度での無謀登山。5月の連休中にホワイトアウトで方向を見失ってさまよい、鳥居の幻覚を見る。クレバスに落っこったり、行ってはいけないことを知らないで火口底に下りてしまったり。そんなエピソードをひきながら、自分のこととなると微妙に撤退の判断が狂うときがある、「せっかく来たのだから」という思いが平常心を失わせるので注意せよと繰り返しています。富士登山を始めてから変わったのは、大自然の中の一つの存在としての自分を客観視するようになったこと。好奇心旺盛なおじいさん。元気でこれからも「まいにち富士山」続けて下さいまし。
by itsumohappy  at 23:54 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『八月十五日の神話』

佐藤卓己著(2005年)。副題「終戦記念日のメディア学」。著者は京大の助教授です。終戦の記憶がどのように構築されたか、終戦報道、ラジオ放送、歴史の教科書(外国のものも含む)などを通じて考察した本です。ユニークなテーマだと思いますが、言葉遣いのせいかちょっと読みにくかった。

8月15日の終戦に関する報道は、今や夏の風物詩となっています。終戦報道は、1955年、戦後10年に際して多くのメディアが特集記事を組んだことを契機に確立されたものです。
終戦記念日の法的根拠は、1963年の「全国戦没者追悼式実施要項」(閣議決定)であり、8.15が平和を祈念する日として閣議決定されたのは1982年です。

「終戦」の定義のグローバル・スタンダードは休戦(降伏)協定なので、本来なら、降伏文書に署名した9月2日が終戦記念日として妥当な日時です。天皇がポツダム宣言受諾を決定し、海外(相手国)に発信したのが8月10日。14日に受諾を再度確定し、終戦の詔書に署名しました。15日は、その終戦詔書の天皇による朗読が放送された日に過ぎません。著者は、8.15に玉音を聴いた経験が「国民的記憶の象徴」であって、そのことが戦後の国民国家に象徴的な統合力を与えたと論じています。玉音放送は、「戦後の祝詞」として機能し、8.15は、いわば国民にとっての建国記念日となった。一方、9.2は屈辱の日であり、ラジオ中継もされなかった。人々は戦争に負けた事実から目を背けた、或いは耳をふさいだ、とあります。

著者の調査によれば、高校の教科書では「9.2の降伏調印で終戦」派が圧倒的に多いけれども、小中学校の教科書では「8.15終戦」派が主流だそうです。著者は、8月ジャーナリズムの目的が、戦争の語り継ぎにあったとしても、8.15についての冷静な分析が今後重要視されるべきと主張しています。

玉音放送は、文字通り玉音だけ流して終わったのかと思っていましたが、玉音のあと、和田・日本放送協会放送員による30分強の解説があったのですねー。詔書を再朗読し、聖断に至る経緯やポツダム宣言受諾通告の経過等を伝えたそうです。
by itsumohappy  at 23:40 |   |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

お墓参り

日光行ってきました。今日はお墓参り。雷さまが来なくてよかった。けど、もんのすごく暑くて、とてもじゃないけどお墓には長居できない。呼ばれそうでした。42,3度はあったろうなー 街中の気候は、都内あたりと変わりません。でも朝晩は涼しいみたい。

お墓参りのあとに、そばの報国二宮神社にはじめて行ってみた。
もう茅の輪が干からびてしまっていますね・・
110813nino2.jpg

学問と経営の神様、二宮金次郎はこの地で亡くなって、うちのお墓があるお寺で葬儀が行われたそうです。
110813nino.jpg

自分のお墓には碑など要らない、松の木でも植えておいてくれと遺言したそうですが、周囲の人たちが未亡人を説得してこんなお墓が建てられました。
110813nino3.jpg

へたへた歩いていくと、杉並木が。日本の道100選に入っています。これは京都からの使者が通った例幣使街道。
110813reihei.jpg

例幣使街道と日光街道を分ける位置に「追分地蔵尊」がまつられています。北関東で最大の石のお地蔵さん。昔、大谷川に埋もれていたのが引き上げられて、ここに安置されたという伝説があります。日光山内にある憾満ガ淵から流れてきて、はじめ泣いていたけれども、憾満ガ淵の子供たち(並び地蔵)がいる日光の方向に向けたところ泣き止んだとか。
昔は洪水が頻繁にあって、神橋も流されたことがあったそうです。
110813jizo.jpg

昔はこんなに暑くなかった。いったい、世の中どこまで気温が上昇するのだろうか。
by itsumohappy  at 22:10 |  その他 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

はかない命

火鉢の蓮は順調です。なのですが、
110812hasu.jpg

6日に買ったメダカ@25円が、次々死んでしまって・・(TT)10匹いたのに今4匹しかいません。
エサちゃんとやっているのに。やはり暑すぎるのでしょうか。水も培養土なんかが入っているからあまりよくないのかなぁ。大きいのが残っているので、弱い仲間をいじめているんでしょうかねぇ。

明日、お墓参りから帰ってきて全滅していたら悲しいな・・・・・。
by itsumohappy  at 21:32 |  花・木 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『関東大震災』

吉村昭著(1977年)。

関東では、東日本大震災後、頻繁にあった震度3~4程度の地震が何故か最近はおさまっています。地震来ないにこしたことありませんが、あまりひっそりしているのも却って不気味・・という複雑な気分です。近々、三浦半島や首都圏に大きいのが来るという話がありますし。

東日本大震災から5ヶ月経ちました。雑誌などに、犠牲者の中には、指が一部無い人たちがいたという話がありました・・。うそか真か、私はそれを実際に見た人から話を聞いたわけでもない。信じたくないです。ただ、あり得る。がれきの山といっても、そのなかには金庫も宝石箱もあった。たくさん着込んで逃げ切れずに亡くなった方々の懐には、お財布や通帳などもあったでしょう。指輪をたくさんはめて逃げようとした人がいたっておかしくない。マスコミは、がれきに埋もれた「思い出の写真」探しばかり記事にしますが。

『関東大震災』は、未曾有の大災害の全貌と被害の特徴を、体験者の証言や記録でたどるものです。
この本によると、犠牲者はおよそ20万人。全東京市の死者の55%に当たる3.8万人が被服廠跡で焼死或いは窒息死しました。火災旋風に馬車や大八車が避難民もろとも吹き上げられました。道路、橋なども家財で充満しているところを火に襲われ、消火もできず逃げ場もなかった。浅草区は96%が焼失したそうです。著者は「家財による悲劇」と指摘しています。20世紀に、自然災害で大都市がここまで壊滅したことって他にあるんでしょうか。

震災後の様相も実に悲惨です。死体をあさる強盗団の横行。彼らは指ごと切って指輪を集めた。遺体・塵芥の処理、排泄物の処理が間に合わない。あらゆる伝染病も流行しました。そして流言飛語がもたらした朝鮮人虐殺事件の発生。これについては、詳しく検証されています。「不逞鮮人襲撃」の流言は、震災翌日の9月2日、横浜市内から沸いたもので、その日のうちに多摩川を越えて東京へ、そして関東一円に及び、3日には福島まで到達しました。6日に戒厳司令部から、襲撃説は事実無根と発表されるまで、官憲側も流言を事実と信じていました。朝鮮人のみならず、中国人、日本人にも殺された人たちがいました。
大災害での流言による「血迷える群衆の蛮行」などというのは二度と繰り返されないと信じたいです。
そして、大震災の教訓とは、嫌でも身ひとつで逃げなければならないときもある、でしょうか。
by itsumohappy  at 18:50 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

日光の写真 その2

8月4日、日光山輪王寺の別院、中禅寺(立木観音)の行事である「船禅定」に参加しました。中禅寺は、784年、日光を開山した勝道上人が創建したお寺です。船禅定(補陀洛禅頂)は、中禅寺湖岸の霊場を船で巡り拝む儀式で、勝道上人が、弟子の道珍等と湖上に船を浮かべて湖畔の霊場で修行・祈念したことに始まります。
110804chuzen.jpg
中世の頃から、中禅寺湖の周りの山々を季節ごとに区切って巡る修行が行われていましたが、過酷すぎて廃れてしまったコースもあるそうです。水場がなく、大変らしい。

中禅寺に集合。石護摩壇で読経後、船に乗ります。
110804tachi.jpg

110804tachi2.jpg

エンジン付ボート+チャーターされた遊覧船で出発~。参加者は老若男女80人くらい。地元の講がいくつか参加しているような感じでした。
110804fune.jpg
一見、普通の観光遊覧と変わりません。行者さんの足袋はエアークッションつき。ナイキのエアー地下足袋というのらしい。衣装は京都で買うんだそうです。行者さんたちは、8月1日の男体山登拝をしたばかりで、まだ筋肉痛だぁと(らしくないことを)言っていました。

八丁出島の薬師堂跡。行者さんたちが一部上陸し祈祷。遊覧船組は船上でお祈りです。
110804dejima.jpg

110804hora.jpg

松崎の日輪寺跡(茂みの上のほう)。かつて五大尊をお祀りしていました。
110804matsuzaki.jpg

上野島には、勝道上人の首の骨を納めた塔があります。
110804kouzuke.jpg

110804kouzuke2.jpg

大日崎の大日如来を遥拝。
110804dainichi.jpg

右側の、湖のほうを向いている小さな石仏です。
110804dainichi2.jpg

西岸に向かいます。千手ヶ浜に今度は遊覧船組も上陸。
110804senjufune.jpg

乙次郎橋を通り、しばらくまっすぐいくと千手観音堂跡があります。
110804senjudo.jpg

お不動さんの前でも祈祷。
110804senjufudo.jpg

船付き場に戻る途中、行者さんたちは仙人庵こと伊藤さん宅でお勤め。クリンソウの時期は人がいっぱいの伊藤さんちも真夏はひっそりです。
110804senjuito.jpg

110804senjuito2.jpg

男体山
110804chuzennantai.jpg

二荒山神社中宮祠の前で遥拝。もともと中禅寺はこの位置にありましたが、明治の神仏分離で移動しました。弓道大会やっていました。
110804chugushi2.jpg

110804chugushi.jpg

中禅寺に戻り、立木観音堂や五大堂で祈祷。お札を頂いて終了です。お祈りは、開経偈+般若心経+回向文が主体でした。
お天気でよかったです。雷の心配もなく無事に行事が終わりました。
 
行者さんたちのしぐさやスタイルが面白かった。というとあれですが、面白かった。鈴懸(白い衣)の上は9枚はぎ、下は8枚はぎなんですよ。つまり、上は金剛界、下は退蔵界を表しています。祈祷のあと、護身法という、手をいろんな形で組む術をします。なんか魔法使いみたいです。

行者さんに秋峰修行に誘われました・・が、禅頂行者道(6時間はかかる)を夜通し歩いて火渡り、という結構大変なもので、私にはちょっと無理ですねぇ><
以上、日光の写真でした。
by itsumohappy  at 23:06 |  旅行・山 |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

日光の写真 その1

戦場ヶ原と小田代ヶ原の写真です(3日)。平坦な道なので歩きやすい。曇っていてお山がほとんど見えなかったのが残念でしたが、雷が出なかっただけまあいいかと思わないと・・。空気がさわやかで気持ちよかったです。

シラカバとズミ
110803senjo.jpg

クサレダマとカラマツソウ
110803kusa.jpg

110803kara.jpg

湯川の両隣どちらもホザキシモツケでいっぱいでした。
110803senjo2.jpg

ここのほかには霧が峰にしかない花らしい。
110803hozaki.jpg

ワレモコウ。秋の気配。
110803ware.jpg

110803senjo3.jpg

チダケサシとノアザミ
110803chidake.jpg

110803noaza.jpg

小田代に入ると人がぐっと少なくなります。
シラカバ、カラマツ、ズミの木々
110803odashikara.jpg

ヒヨドリソウ
110803hiyo.jpg

110803oda2.jpg

キツリフネ
110803kitsu.jpg

ハクサンフウロ
110803furo.jpg

キオン
110803kion.jpg

ノアザミは実際見るともっときれいな色なんだけど・・。
110803oda3.jpg

ちゃんとしたカメラならノアザミの赤いラインが写るよねぇ。
110803oda4.jpg

マツヨイグサ(帰化植物)を引っこ抜く環境調査の皆さん。
110803oda5.jpg

西の湖への道
110803senju.jpg

雪の重みで曲がったシラカバもある。
110803senju2.jpg

西の湖。ひたすら静か
110803saiko.jpg

千手ヶ浜への道。ミズナラの大きな木が多かったです。一人しかすれ違いませんでした。
110803senju3.jpg
by itsumohappy  at 16:10 |  旅行・山 |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

植え付け

蓮は2番目3番目の茎が伸びてきました。早く植えないと、ということで土などを買いに行ってきました。
黒土と腐葉土を7:3、これに骨粉をひとにぎり分よく混ぜて用土とします。・・・ホームセンターなのに腐葉土がなかった>< 今入荷を止めているということでした。代わりに、田畑用の培養土とやらを買ってきました。それと、ボーフラ防止のつもりで、メダカ。一匹25円でした。
110806hasu.jpg

110806medaka.jpg

火鉢に水を張ってみました。葉っぱがもっと育ってくれれば、それらしくなるかなぁと。。まずは、蓮根を大きくするのが大事なんだそうです。
110806hachi.jpg
by itsumohappy  at 23:58 |  花・木 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

帰ってきた。

日光に行ってきました。昨日は戦場ヶ原などを歩き、今日は中禅寺の行事に参加しました。
標高1,200m超えますから、空気が実にさわやか。涼しい風が吹いていました。先週末に降った大雨の影響はすでに落ち着いていて、歩くのに支障はありませんでした。

小田代ヶ原も戦場ヶ原もホザキシモツケがたくさん咲いていました。小田代ヶ原は静かなところです。カッコウが時おり遠くで鳴く程度。
110803odashimo.jpg

西の湖は水をたたえていました。ここもいつも人が少ない。
110803sai.jpg

緑を満喫しました。
by itsumohappy  at 23:36 |  旅行・山 |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

にょきにょき。

蓮がぐんぐん成長中です。
110802hasu.jpg

こんなに一気に伸びるんだ。。なんてわかりやすい。今週末こそ火鉢に入れなければ。
110802hasu2.jpg

中休みをとって、日光行ってきます~。雷が心配だぁ。
by itsumohappy  at 23:06 |  花・木 |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑
最近のコメント
リンク
このブログをリンクに追加する
カテゴリー
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

RSSフィード
最近のトラックバック