『ドレの新約聖書』

『ドレの神曲』の続きで、今度は新約聖書の挿絵本を借りてみました。
キリストの生涯など新約聖書をベースにした絵画は多いので、筋をよく知らなかった『神曲』の挿絵に比べ、すごい世界が描かれている!という感じはしませんでした。『神曲』同様、人々の表情の描き方がいいです。たった数本の線で色々な感情を表わせる。

『旧約』は図書館になかったので、リクエストしました。
しっかし、黙示録というのが何を語るものなのか私にはよくわからなくて‥><
by itsumohappy  at 23:02 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『劇場』

又吉直樹作(2017年)。

感想はないです。自分に才能がないのを受け入れられない自意識過剰な主人公に関心が持てない。「世界のすべてに否定されるならすべてを憎む」なんて言っているし。女性の方は、純粋無垢というより、bakaなんじゃないか? などと感じてしまっては、物語の世界に入っていけませんねぇ。若者向きの小説なんでしょうね。
by itsumohappy  at 21:12 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『ヒルビリー・エレジー』

J.D.ヴァンス著(2017年)。副題「アメリカの繁栄から取り残された白人たち」。ヒルビリーとは、田舎者のことで、「大学を出ずに労働者階層の一員として働く白人」です。「レッドネック」、「ホワイトトラッシュ」とも呼ばれます。

著者は、鉄鋼業の町、オハイオ州ミドルタウンなどで育ちました。製造業が衰退したラストベルトと言われる地帯です。「仕事も希望も失われた地方都市」での生活から脱出し、オハイオ州立大を経てイェールのロースクールで学び、「アメリカンドリーム」を手にしました。その過程をつづるエッセーです。
400頁ほどのけっこうな厚さですが、活字が大きいこともあってすぐ読めます。

著者の家族を中心に白人労働者階層の「ヒルビリー」ぶりが詳述されています。登場人物として、著者の実父のほか、継父や「父親候補」として5人の名前が出ています。著者の母は、教育熱心ではありましたが、ドラッグ中毒で、警察や裁判所沙汰になっても更生せず、著者からも半ば見限られているほど。

周囲でも貧困・離婚・ドラッグがはびこり、人々は怒りや不信感にまみれ、どこへ行ってもけんかをしている。
そのような、貧困から逃れられない白人労働者階層の人々は、アメリカで最も厭世的傾向にある社会集団なのだそうです。

彼らについて著者は、「自分たちの問題を政府や社会のせいにする傾向が強く、しかもそれは日増しに強まっている」と批判し、「保守主義者たちの言動は、社会への参加を促すのではなく、ある種の疎外感を煽る。結果として…住民からやる気を奪っていく」と分析しています。

数か月おきに父親(役)が替わるという家が嫌になった著者は、祖母に引き取られ、落ち着きを取り戻します。この祖母という人もかなり強烈な人なのですが、根本は勤勉・誠実であり、貧しくとも何とか切り抜けていく知恵を持っていました。
道を外さずに済んでも、心からよりよい生活を送りたいと願った著者は、基本的な社会生活に自信をつけるため海兵隊入りを決意。ここで、金銭管理、健康・衛生知識など大人としての生き方を教わり、強い意志をもって行動することを学びました。

ヒルビリーは、将来に対する期待値が低く、自分の選択は無意味と思い込んでいる。生活を向上させたいのなら良い選択をするしかなく、それに向かって全力を尽くすべきだけれども、よい家庭に恵まれず、貧困のあまり動くに動けない人々は、えんえん浮かばれないのでしょうか。トランプ氏が言っていた「忘れられた人々」の様相が伺えます。

日本でも子どもの貧困とか格差とか報道で聞くことが多くなりました。でも、これを読めば、米国ほど極端な格差ではないだろうと推測します。
by itsumohappy  at 22:33 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『幻の女』

ウィリアム・アイリッシュ作(1942年)。
家にたくさんある古い推理小説をたまに読んでいます。どれが面白いかよくわからないので、選ぶのが少々やっかい‥。

これは、重要証人である幻の女を必死に探すお話です。だいぶ終わり近くになったのに犯人がわからないよ?と思いきや、そうきたか。と、まあ納得のいく終盤でした。昔の小説ですけれども、まあまあ読めました。
by itsumohappy  at 22:39 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『ドレの神曲』

14世紀はじめのダンテ『神曲』のあらすじにドレの挿絵をつけたものです(谷口江里也 構成)。

権力闘争に負け、フィレンツェを追放されたダンテが地獄・煉獄を経て天国に到達するまでのお話。ドレの版画(木口木版)は、1861年発表されたもので、当時ヨーロッパ中で評判を呼んだそうです。地獄には、ギリシャ・ローマ神話の登場人物、怪物、政敵、貪欲な法王、異端者などあらゆる人々が登場します。天国のイメージは単純なものですが、地獄の描写はあれこれ凝っている。ドレはそのイメージをよくとらえて、精緻な絵にしています。マホメットも地獄に落ちて胸を裂かれている。キリスト教を絶対視する感覚にはなじめないです。

この本のあらすじを専門家が書いているわけではないですが、とりあえず『神曲』が、おおよそどのような内容か知るには絵も楽しめてよい本だと思います。
by itsumohappy  at 19:24 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『私は英国王に給仕した』

ボフミル・フラバル作(1971年)。チェコの作家です。ナチス占領下のチェコの街が舞台です。
かなりユニークな小説で、ブラックユーモアなのか、ひねった体制批判なのか、読み進めてもよくわかりませんでした。そのどちらでもない感じです。戦争に翻弄される普通の(こ狡い)小市民の半生をありのまま描くもので、読みやすくそれなりに面白いです。

ドイツ人との関係、ホテルを手に入れた経緯、釘を打ちつける息子の部分は、軽快な語り口でも、かなりぞっとする場面です。
このまま終わっていいのか?と気になりましたが、終盤、森林に暮らし、動物たちに囲まれるシーンでほっとしました。やはりある種の罰と救いがないと落ち着かないですから‥。
by itsumohappy  at 21:37 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『林業がつくる日本の森林』

藤森隆郎著(2016年)。著者は、森林総合研究所で造林などの研究をしていました。

持続可能な社会を構築するには、地域の自然を活かした循環型社会づくりが必要です。木材は生態系を循環する物質なので、日本の最大の自然資源である森林を適切に管理・利用すれば、地球環境問題の解決にもなります。優れた森林技術者の育成に国はもっと注力すべき、という内容です。

日本では、世界でも早く、400年位前から人工林育成作業が行われていました。しかしながら、現代では、放棄された人工林が多く、林業が軽んじられています。森林の維持に不可欠な間伐作業も、補助金目当ての数値目標の達成のため、建設業者による荒い作業が行われ、周囲の木を傷つけて価値を台無しにするような事態が起きています。

1960年代初め、木材輸入の自由化をきっかけに林業は衰退しますが、市場開放は外圧によるものではなく、日本が自発的に行ったことだそうです。当時は、国の発展のためには林業くらいはどうなってもよいという意識があったのだろうと著者は推察しています。近代化政策のもと、農山村政策が犠牲にされた結果、森林技術者の育成も手薄になりました。

ドイツをはじめとする欧州諸国では、そのような技術者(フォレスター)の育成体制は整っており、尊敬される職業でもあるそうです。
人材の育成だけではなく、誇りを持って働けるかどうか、森林技術者には特別な地位を与えることが必要であると著者は指摘しています。
by itsumohappy  at 20:17 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『どん底の人びと』

ジャック・ロンドン著(1903年)。原題“The People of the Abyss”
1902年、著者がロンドン・イーストエンドに入り込み、最下層の生活を体験した記録です。著者の撮った写真も掲載されています。

この本によると、当時のロンドンでは、180万の人が貧困或いはそれ以下の状態で、4人に1人が公共救済を受けながら死亡するとあります。そして、イギリス全体では1000人中939名までが貧困の中で死亡するとされ、惨めな貧困生活を送る人々がいかに多かったかうかがわれます。

暮らしがいったん下降の道をとると転落するのが早い。救貧院での施しも限られた範囲にしか行き渡らず、家のない者はあてもなくさまよい歩く。当時、浮浪者は、夜、野外で寝ているのが許されず、一晩中歩き続けるように当局から指示されていたらしいです。
貧困に起因する殺人や病気も多い。著者は、「若いうちに死ぬといい」と配給の列に並ぶ老人から諭されます。昼、公園の芝生で死んだように濡れながら横たわる大勢の人々の写真は異様でした。これが、大英帝国の一面かぁ。
「機械社会のどん底の人間になるなら、荒野や砂漠の洞穴や隠れ家に住む未開人になる方がよい」と著者はコメントしています。
by itsumohappy  at 20:35 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『シャーロック・ホームズの冒険』 

アーサー・コナン・ドイル作(1892年)。
もとは、1891-1892年に雑誌「ストランド」に掲載された短編を12編まとめたものです。
「まだらのひも」とか、よく知られた話が入っています。ちゃんとした訳で読むのは初めてです。

今日読むと牧歌的なのは、まあ、やむをえません。観察して推理する場面のほかには、19世紀末の社会風俗の描写が印象に残ります。馬車もいろいろ種類があって何だか情緒があります。

最近放映された現代版ホームズの連続ドラマは、ホームズの変人ぶりが際立っていて、なかなかよくできていました。ワトソン君もちゃんとアフガン帰りになっていたし。
by itsumohappy  at 19:16 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『徒然草』

兼好法師著。内田樹の訳です。 
兼好法師は、1283年頃の生まれ。1352年頃までは生きたらしい。比較的長命です。六位の蔵人でしたが、30代初めに出家し、詩や書で生計を立てていたと言われます。関東にも来ていて、金沢文庫で典籍を読んだそうです。徒然草は、鎌倉時代の末期の作です。学校の古文に必ず登場しますが、全編読んだことはありませんでした。

やはりそれほど面白い内容ではないが、全くつまらないわけでもない。登場する京都の地名は今と同じなので、話によっては今のエッセーのように感じます。兼好は、歩いていて気になる家を見かけると勝手に庭に入って覗いたり、中の人の様子を観察したりという、ちょっとやじうまなおじさん、いや当時ではおじいさんですかね。

そういう人や物についての感想を記したところよりも、人生訓をぶつ部分が印象的です。
「できた人は知っていることについても訳知り顔して語ったりしない」、「しかけをこらすよりさらりと行うのがよい」、「なにごとも誠実にふるまい、人を分け隔てしないこと」等々。どんな時代でも人そのものの本質は変わらないです。

「昔の人は奇をてらわず、ありのままに素直に名前をつけた。最近の人は妙にこねまわした名前をつけて、見慣れぬ文字を充てるが無益なことだ」のくだりは面白い。鎌倉時代にもキラキラネームがあったのでしょう。
by itsumohappy  at 20:15 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『聖職の碑』

新田次郎作(1976年)。
1913年8月27日に起きた木曽駒ヶ岳遭難事件を題材にした小説です。学校登山の一行が台風に遭い、風雨のなかを逃げ惑う痛ましいお話です。碑は、死者を慰めるものではなく、修学登山の戒めとなるべく建てられました。

当時では予測がつかない天候だったというのは仕方ないです。最大の過ちは、伊那小屋が破損していたことを知らなかった、つまり下見がなされていなかったことです。亡くなった生徒たちはかわいそうでした。

新田氏の取材メモが面白かったです。「信濃というところはどこへ行ってもちゃんと筋を通しておかないとそっぽを向かれてしまう」らしい。取材訪問の件は町議会にまでかけられたそうです。
新田氏の筆致は実直で、比較的単純な話でもそれなりに読ませます。
by itsumohappy  at 20:56 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『マゼラン』

シュテファン・ツヴァイク著(1938年)。
1519年8月、5隻の船がセビーリアを出航し、地球を1周して3年マイナス12日後、セビーリアに1隻帰還しました。乗組員265名のうち生還したのは18名のみでした。

インドの香辛料取引が盛んだった当時、香辛料は「12の手」によって高利をむさぼられながら消費者のもとに運ばれていました。この取引は、中世の最も有利な商売で、船1隻が香辛料を積めば4隻失っても損失を償えるほどでした。

エジプト、シリアがヨーロッパ船の紅海の通行を禁止してから、新しい航路の開拓の必要性が高まりました。マゼランは、大西洋から太平洋へ抜ける航路はあると主張し、スペイン王の援助を得て艦隊を編成し、出帆しました。無益な探索を繰り返し、船員の暴動や餓死の危機などあらゆる苦難に見舞われましたが、とうとう海峡を発見。そのあたりが読みどころです。

マゼランは、1521年、フィリピンの小島で横死しました。マゼラン海峡の発見は、「英雄的な自己犠牲と冒険」のたまものでしたが、危険な海峡で、すでに同時代のうちに忘れられ、顧みられなくなったそうです。発見によってスペインがより富裕に、ヨーロッパがより強大になることもなかった。
それでも航海史にさん然と残る「不朽の真実」を語る作品です。
by itsumohappy  at 20:16 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『南極越冬記』

西堀栄三郎著(1958年)。
1957年2月から翌年2月まで、南極地域観測隊第一次越冬隊の隊長として、昭和基地で隊員10人と過ごした記録です。2017年は、南極観測60周年です。

遠征当時はまだまだ貧乏国の日本。南極での生活物資は調達できても研究機材が不足しており、その機材も現地で耐えられるかどうか、また、衣料・食糧の必要量も不明といった状況で、「観測は従」という遠征でした。生きて帰ってこられるのかという思いも記され、なんだか悲壮感漂っています。

GPSもない当時は通信するのも一苦労です。持参したが役に立たない機械もあり、「新しい機械類も大事だが犬ぞりのようなクラシカルなものも必要」とあります。

娯楽を持たないという西堀氏は、隊員から「オジイチャン」と呼ばれていました。1903年生まれで本の扉写真で見るとすごく老けていて、気難しそうな感じ。それでも当時54歳です。隊員を統率していくことが難しい、と書いています。

全体に無味乾燥な記述で、隊員に関する記述もあまりあたたかみがない感じ。エキサイティングな紀行文ではないのは、決死の覚悟で南極に赴いたためでしょうか。越冬隊が撤収するときに残した樺太犬のことについても特別思い悩んだような表現はありません。タロ・ジロが確認されたのは、この本の出版翌年でした。
by itsumohappy  at 21:08 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『ブラック・ボーイ』

リチャード・ライト作(1945年)。副題「ある幼少期の記録」。
自身の自伝的小説です。1908年、ミシシッピーの農場で生まれたライトが、19歳で南部を脱出するところまでが描かれています。
ライト少年は、家に下宿していた黒人教師から『青髭と七人の妻』の語りを聞き、物語の世界に魅了され、小説、芸術に没頭します。しかし、周囲は常に白人による暴力の脅威に満ちており、「十全に自分自身となることを許されない」。緊張、恐怖、屈辱感から逃れ、より豊かな生き方を目指すため旅立ちます。

人間らしく生きたい、という話は読んでいて暗い気持ちになりそうですが、意外に楽しく読めます。少年時代のエピソードが面白い。悲惨な南部の描写ばかりではなく、黒人社会の頑迷さにも言及しています。
by itsumohappy  at 20:30 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『ジャマイカの烈風』

リチャード・ヒューズ作(1929年)

初めて読む作家です。小松崎茂のイラストが入っていて、少年少女向けの冒険小説?と思いましたが、違いました。訳者の解説には、「「何もわかっちゃいない」ことをおとぎ話のような不思議な作品で描いてみせた」とありますが、まさにその通りで、一見おかしな冒険物語のようでも、えっ?と驚く怖い展開になります。あまり読んだことのないタイプの小説で意外によかったです。
by itsumohappy  at 21:43 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『黒い家』

貴志祐介作(1997年)。
怖かった…。ホラー小説といっても亡霊の類や超常現象は出てきません。生きている人間が一番怖い。作者は保険会社に勤めていた経験があるそうで、とても現実感があります。実際にこれほどの事件が重なるのは非現実的と思えますが、そう感じさせません。
京都が舞台なのも面白い。黒い家が嵐山の一角にあるという設定がそそられます。
by itsumohappy  at 20:00 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『地上より永遠に』

ジェームズ・ジョーンズ作。原作は1951年に出版されました。
映画が有名ですが、映画では、内容が多少改変され、また、軍隊の描写も一部省かれています。
ハワイ・オアフ島の陸軍スコーフィールド基地周辺を舞台とする将兵の物語。真珠湾攻撃までの10か月間を丹念に描いています。かなりのボリュームです(文庫本4冊)。冗長と思える部分も多々あって、読み進めるのに苦心します。同じ作者の長編でも『シン・レッド・ライン』のほうが読みやすい。

兵卒の目線で話が展開するという意味で、プルーが一応の主人公ですが、曹長ウォーデンも主人公といえます。この二人の対比がポイントです。プルーは、30年兵(という制度が当時あった模様。30年間軍隊に仕える)として志願した、いわばばりばりの兵隊で、ひととおりの軍務をしっかりこなせるのですが、自我を通して周囲と妥協せず、常に浮いたような存在。まるで軍隊に向かない意固地タイプで、読んでいていらいらするほど。一方、ウォーデンは、プルーと心情を交わすところはあっても、表向きは組織のなかで上手く切り抜けていく実務家タイプ。下士官らしく粗野であるが、頼りになる強力な存在です。映画のB・ランカスターのイメージそのもの。

小説の山場は、営倉での暴力と真珠湾攻撃のシーンでしょう。映画で営倉の拷問がカットされたのは、それがスコーフィールド基地のロケの条件だったからだそうです。兵隊が惨殺されるところは気分がわるくてよく読めないくらいでした。
零戦が飛来してから、何をしてよいのかわからない兵隊たちが、ウォードンの指揮のもと必死で応戦する場面は面白かった、というのはなんですが、実際に見た者ならではの迫力ある描写でした。速成の応召士官は全然役に立たず、普段はぼんやりともうろくしているような老兵が冷静沈着に活躍するのです。

作者ジョーンズの家は、大恐慌により破産し、ジョーンズは大学進学を断念して陸軍を志願しました。ヨーロッパは、戦争の危険性があるが、ハワイの駐屯軍ならその心配がないということで赴任。真珠湾攻撃の後、ハワイ師団は第25歩兵師団としてガタルカナル攻防戦に投入されました。そこでジョーンズは、自分が射殺した日本兵の死体から家族の写真を発見してショックを受け、戦闘を拒否し、軍曹から一兵卒に降格されたと解説にあります。

小説について、今風に言えば全く空気を読もうとしない、それでいて組織から離れられないプルーの悲劇は現代に通じるものがあります。開戦前のハワイの様子や登場する女性たちの描き方も一筋縄ではなく興味深いです。この小説で美しく描かれているものは浜の景観くらいです。
by itsumohappy  at 16:15 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『この世界の片隅に』

こうの史代作。2007~09年にかけて漫画アクションに掲載されました。
021227konIMG_4448.jpg

来年、広島に行くので読んでみました。戦時下の呉の庶民生活を淡々と描く作品。『夕凪の街 桜の国』よりも笑いと救いがあってよいです。いや、全然救いようのない日常の連続なのですが、その表現のしかたに工夫があります。ここに描かれるように、一般の人々は、戦時体制にただひたすら巻き込まれ翻弄されるしかなかったのだろうなあと推測します。
映画も時間があれば観てみようと思います。
by itsumohappy  at 20:49 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『私の「貧乏物語」』

副題「これからの希望をみつけるために」(2016年)。

各界の著名人たちが語る自身の貧乏物語。なかなか良い企画の本です。
この本の中には、社会全体は今より貧しかったが、貧乏で不幸だとは感じなかったなどと語る方々が案外いる一方、今まさにこの現代に、地を這うような生活をしているのではないか?と思えるような方々もいます。貧乏或いは格差について考えさせられます。

「貧しさと言う観念は比較級のなかでしか実感されない」と書いている人がいましたが、必ずしもそうではないかもしれません。こんなに若いのに壮絶な生活を経てきている人がいる。もしかしたら、現代になるほど「生まれ」で先々が決まってしまうのではないか?

昭和ひとけた世代は「何もない時代のあっけらかんと明るい空気」、「貧しくとも冒険心に満ちていた世の中」、「周囲の人の思いやりで生かされてきた」等々記しているのが目につきます。一方で、現代に近くなるほどコメントに殺伐感が感じられます。あるジャーナリストは、「現代のこの国には自分を維持すること以外の希望がない。自分自身を奪われると救いのない貧しさを味わうことになる」と記していました。
by itsumohappy  at 12:51 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『ヴィクトリア』

クヌート・ハムスン作(1898年)。

最近、厚い本を借りてはすぐ投げ出す、ということを3回くらい繰り返しています。なかなか面白そうな本を探せません・・ 昔は途中で投げ出すことはなかったのですが、最近は根気がなくて。楽しい読書になりそうもない、と感じるとさっさと止めてしまいます。
でも本当は、一度手に取ったものはなるべく最後まで読みたい。ということで、薄い本を選んでみました。それが、この『ヴィクトリア』です。

この作家は知りませんでしたが、なんとノーベル賞を受賞した偉い方でした。なのですが!解説を見ると、この人はナチス第三帝国への連帯を表明したとあります。それであまり読まれないのでしょうか。

『ヴィクトリア』は、粉屋の息子とお城の令嬢の恋愛を描く古典的なお話です。俗な言い方をすればベタな展開で、純真ではない私には少々つらい。でも、まあたまにはこういう本もよいかな。
by itsumohappy  at 23:20 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『タイタス・アンドロニカス』

シェークスピア作。
1590年前後に書かれたとされる、最も初期の悲劇です。解説によると、「問答不用」「対話不全」の芝居とあります。

うわさには聞いていましたが、血みどろのお話です。舞台や映画は見る気になりません。この映像は気分がわるくなりそう><
展開はスピーディーなので、読みやすいです。登場人物があっけなく切ったりはったりされるので、空おそろしい。
シェークスピアはこの作品以降、残虐な芝居を書いていないそうです。
by itsumohappy  at 21:10 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『傀儡』

坂東真砂子作(2008年)。
傀儡は、くぐつという、旅芸人のようなものです。歌ったり踊ったり人形つかいをしたり。鎌倉時代が舞台です。旅芸人の一行のほか、武士や念仏僧、農民など庶民が登場します。様々なストーリーを交錯させながら進めるスタイル。うーん‥長くてもそれなりに読めますが、ちょっと冗長。全体としてはあまり面白くなかった。残念。
by itsumohappy  at 22:31 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『崩れゆく絆』

チヌア・アチェベ作(1958年)。
19世紀後半、ナイジェリア東部の架空の村が舞台です。イギリスによる植民地支配が始まる前後を描いています。イギリスは、1901~1920年の間、ナイジェリアへの軍事侵攻を続けました。
白人たちは、はじめは布教のために村へ来ますが、やがて「政府」を作って支配し、原住民の伝統的な暮らしや文化は脅かされていきます。

読みやすいけれども、アフリカの伝統的な生活文化に関心がない私には、やはりあまり面白くなかった。
話の展開もまあまあ予測がつきます。
by itsumohappy  at 20:06 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『少将滋幹の母』

谷崎潤一郎作。
1949年から翌年まで毎日新聞に連載されました。「今昔物語集」、「平中日記」、「宇治拾遺物語」など昔の物語を下敷きにしています。
はじめは、登場人物の平中や時平のエピソードを主体に平安貴族の暮らしぶりが描かれ、滋幹がきちんと登場するまで間があります。話の合間合間に谷崎氏の所感?のようなものが入ります。また、注釈がわりあい多く、それらを参照するうちに、頭の中で流れが乱れて、若干混乱をきたしました‥。注釈はあとで読むほうがいいかな。

物語の後半、国経、滋幹が嘆く場面あたりから、順調に進みました。最後が幻想的で、とても美しかったので、読んでよかったと思いました。
by itsumohappy  at 20:51 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『カルメン』『コロンバ』

プロスペル・メリメ作。カルメンは1845年、コロンバは1840年の作品です。
 
カルメンはオペラでよく見る機会があります(ってTVで、ですよ)が、原作を読んだのは初めて。オペラは1875年初演。原作と異なる部分があります。例えば、オペラに「片目のガルシア」が出てこないのは、観客であるブルジョワ階級に配慮したためだそうです。小説は、考古学者が語る悲劇譚という形をとっています。オペラがインパクトあるせいか、小説のほうはいまひとつ面白くないです。

一方、コロンバ。お菓子を思わせるかわいい名前です。メリメが、コルシカ旅行で見聞したことがらが反映されている小説です。コルシカの風俗が興味深い。大陸で文明化?されてしまった兄を叱咤する、やや凶暴なキャラクターのコロンバの活躍。こちらのほうが、楽しく読めます。
by itsumohappy  at 19:33 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『マイケル・K』 

J・M・クッツェー作(1983年)。
南アフリカの作家です。初めて読みました。ケープタウン、という地名で南アが舞台とわかりますが、それ以外の状況(時代背景など)は不明なまま読みました。戦争、囚人、外出禁止令という言葉の端々からどうやら内戦状態にあるというのはうかがえます。解説によると、1980年前後で、アパルトヘイトの体制下ではあるが、アフリカ民族会議 (ANC) による民族解放運動が起きていた時代、ということです。

人種を表現する記述は全く出てきませんが、当然マイケルは黒人、兵士や病院の医者たちは白人。戦時下にあってマイケルは、自由な暮らしを求めて放浪します。誰の奴隷にも従者にもならず、押し付けられた食事ではなく、自分の食べたいものだけを食べる、という単純な希望をかなえるのがどれだけ困難なことか。ただ「耕す者」でありたいだけなのですが、移動もままならない。野菜の種を大事に持ち歩くシーンが痛ましいです。

描写が淡々としています。自由を求めての闘争ではなく、一見、逃走のスタイルであることで却って鋭い体制批判となっている小説です。



by itsumohappy  at 21:50 |   |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『山怪』

田中康弘著(2015年)。著者は、マタギの狩猟を長年取材している写真家です。

狐火・神隠し・得体のしれないもの・山中に突然現れる未知の空間等々、山の周辺に住む人々が見聞きした出来事を、著者が取材して集めたものです。著者自身は怖がりではあるが、あまり恐怖体験はない模様。私もそうなんですが、怖くて騒いでいるわりには、実際に心霊現象を経験したことはありません。

不可思議なものを見たり、どうしても山から出られなくなったりしてもそれは狐や狸に騙されたのではなく、単なる疲労による幻覚が原因であるとか、狐火はプラズマ現象であるとか、全ての「怪奇現象」は科学的に説明できると主張する学者もいるようです。けれども、どうしても説明がつかないことが世の中にたまにあってもいいなぁと思います。怖い思いをするのは嫌ですが‥。
by itsumohappy  at 21:16 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『私の名は赤』

オルハン・パムク作(1998年)。2012年に出た新訳を読みました。

これはなかなか大変な本です。構成も凝っており、じっくり読ませるものです。
秘密裏に細密画を制作するよう皇帝からの命を受けた絵師たちが登場します。お話は、絵師の一人が惨殺されるところから始まり、犯人探しが中心軸となっています。
時代設定は、オスマン帝国の黄金期が過ぎた16世紀後半。社会不安が増してきたイスタンブルの様子が活写されています。

「偶像崇拝が禁じられているため、絵画や塑像は奨励されない」という制約がまず理解しにくいですが、それがイスラムの文化です。目に映るそのままを描く西欧人のやり方は大罪です。イスラムの細密画は、「史書や物語を彩る装飾の一部」であり、一枚の絵として鑑賞されるものではありません。

細密画の発祥地ティムール朝の名人たちは、個性を見せまいとして細密画に署名をしなかったとあります。しかし、優れた技量を持つ絵師ほど、様式美を極めるだけでは芸術家として満足できないのではないか?傑作を生むためには、正道から外れた異端を無視できないのではないか? という「東洋と西洋の文化的相克」がこの本のテーマです。

しかし、肖像画も異端、遠近法も異端(――; イスラムの教えは、窮屈だなー。東洋ではあるけれども、古来あらゆるものを受容してきた日本とはだいぶスタイルが違います。
社会の退廃、といってもこの本に出てくるのは、絵画の飾られた珈琲店で噺家さんの小話を楽しむ、といった程度なのですが、そういう「不品行」を糺そうとする過激派が登場します。解説によると、聖典にのっとった原理主義的な政治体制への回帰を求める運動は、イスラム文化圏では昔から広く見られる現象なのだそうです。

オスマン帝国が舞台の本は初めてです。一読しただけではなかなか理解しきれないけれども、久々に本格的な小説を読んだ気がしました。
by itsumohappy  at 20:01 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『道をひらく』

松下幸之助の随筆集です。自身の経営理念や人生指南が語られています。

先日、回覧されてきた『東洋経済』に松下幸之助の記事がありました。ふと、十数年前に、門真など松下の工場を見学したことを思い出しました。工場もいくつか見たのでどこだか忘れてしまいましたが、蛍光灯を作っているところがあって、数十メートル?の長い長い管を蛍光灯の長さにすぱんすぱん切っている光景が壮観でした。砂からガラスを作っていて、そういう電機メーカーはないがここは創業の地だから残しているなどと説明されました。

工場とともに社員の方が案内してくれたのが小さな資料館で、二股ソケットを作った土間を再現した展示なども見学しました。生活が苦しく、小学校も卒業できなかった松下氏の立身出世の道のりが、生み出した様々な商品とともに説明されていました。

商品ではありませんが、そこで印象的だったのが「巻物」です。松下氏のスピリットが数か条にわたって巻物の形で縦書きに書いてある。一、産業報国… しか覚えていませんが、これを日々の朝礼で、壇上の人がくるくるっと巻物を解いてみんなで唱和する、と聞いて、ちょっとのけぞりました(今でもやっているんですかね?)。産業報国って言葉自体、平成時代には違和感あったし。社員の方は、「うちは、泥くさくて‥。松下教みたいでしょ。ソニー(に入るようなタイプ)の人なら1日で辞めちゃいますよ。」って。敷地の壁にも巻物の文句が掲げられ、社歌なのか歌は流れてくるし、ここは何だかすごいところだと感じた記憶があります。

ただ、当時の家電を見ているうちに、この不世出の企業人のありようにやはり感動したのか、大阪からの帰り道に『道をひらく』を買ったのです。たまにぱらぱらと見ていたけれども最近はすっかり存在を忘れていました。この度の雑誌の記事を見て、探し出しました。寝る前に適当なページを開いて神様の言葉を読むのもいいかなー。
by itsumohappy  at 19:39 |   |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑

『白い城』

オルハン・パムク作(1985年)。パムク作品は今回が初めてです。
17世紀後半のオスマン帝国で、奴隷となったイタリア人主人公が、自身にうりふたつの「師」と出会い、物語の創作や哲学談義をしたり、時には皇帝のためにともに兵器などを作ったり、というお話。面白くなりそうで実は面白くならない展開です。テーマがよくつかめないうちに終わってしまいました。困った。他にもいくつか翻訳されているので、別な小説もそのうち読んでみようと思います。
by itsumohappy  at 20:47 |   |  comment (0)  |  trackback (0)  |  page top ↑
最近のコメント
リンク
このブログをリンクに追加する
カテゴリー
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
FC2ブログランキング

FC2ブログランキング

RSSフィード
最近のトラックバック